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魔法はいつか解けると知っていた。

降りしきる雨の中、自分の髪から伝う雫が波紋を作る。
目を閉じて、開く。

水溜りを見れば傘を差し出すお前が見えるというのに、俺はびしょ濡れになっている。


「義勇様」


お前の優しい声で、柔らかい身体で包まれると何だかこんな自分でも幸せを感じられた。
蔦子姉さんや錆兎といた頃とはまた違う幸せで涙が出そうな程のこの気持ち。

泣いてばかりいた俺の頬が、月陽と居るだけで自然と乾いた。


「義勇様、見て下さい!虹ですよ!」

「…あぁ」


お前は雨が降る中空に掛かった虹を指差して俺に笑いかけてくれていた。
けれど俺はどうしても虹が好きになれなかった。

虹は消えてしまうから。

そんな感情が伝わったのか、長いまつ毛で覆われた瞳を細めて俺の手を取った月陽。


「こんな言い伝えを知っていますか?」

「…なんだ?」

「虹の麓にはお宝が眠ると言い伝えがあるんです」

「興味無いな」

「ふふ。お宝、って言われると財宝の様に聞こえますよね。でもそういうお宝じゃなくて、私は大地を潤わせる雨の恵みを昔の人がお宝という言葉を使って表現したんじゃないかなって思うんです」


虹に向かって手を差し伸べる月陽が綺麗過ぎて俺は話もそこそこに横顔を見つめ続けた。
まるで儚く消えてしまいそうな朧気な存在のように思えて、そっと手を掴む。

月陽は身体が強くなかった。

それでも雨の中こうして出掛けたのには訳がある。
本人には伝えていないと彼女の両親は言っていたが、きっと自分の事は自分がよく分かっているのだろう。

だからこうして俺の隣で傘をさしながら空を仰いでいる。

月陽の命は、もう長くはなかった。


「義勇様」

「あぁ」

「私もいつか、そんな宝を育てる事が出来るでしょうか」

「月陽なら、きっと出来る」


そう微笑んだ月陽に、ここ最近変わったと言ってくれた胡蝶の言葉を思い出す。


――月陽さんと一緒になってから、何だか冨岡さん表情が柔らかくなりましたね。


「…この前」

「はい」

「胡蝶に表情が柔らかくなったと言われた」

「それはとても素敵な事ですね」

「だから、」


鏡の前で月陽を思い浮かべてみたんだ。
そうしたら、自然と微笑む自分が居た。

そう言いたかったのに、突然気恥ずかしくなってしまった俺は口を閉ざしてしまう。


「義勇様」

「…何年か前、お前に出会うずっと前。俺は鏡が嫌いだった」


俺の名を呼んで、掴んだはずの腕が逆に捕まえられて指を絡めながら繋がれた。
たったそれだけの行動で、自然と俺の口は動き始める。


「自分の姿を見るのが嫌いだった。誰かを犠牲にしてのうのうと生きる自分を、当たり前に成長していく自分を見るのが…どうしようもなく嫌だった」

「…うん」

「だが、月陽と出会ってそんな事も気にならなくなった。俺は、生きて月陽と出会えたことが嬉しかったんだ」


絡んだ指が痛くない程度に力を込めると、虹を見ていた月陽が俺の方を向いてくれた。
月陽の向こうで雨が小雨になっている。

初めてこんなに誰かを愛した。
また誰かを愛せる勇気を月陽がくれた。


「義勇様、ありがとうございます」

「……っ」

「私も貴方に出会えて、貴方が生きていてくれてとても嬉しい」


その言葉を噛み締めるようにそっと目を閉じて、もう一度開くと月陽と過ごした庭園に俺一人が佇んでいる。

顔を上げて空を見上げれば、薄らと虹が消えかかっていた。
雨はすでにやんでいる。


「月陽…」


俯いた俺の視界に、小さな桃色が見える。
あの日、月陽が立っていた場所だ。


「…お前が言っていた通り、宝はあったようだ」


雨が止んだ庭に、花が咲いていた。
まるで月陽が頬を染めながら笑った時のような色。


―――もう大丈夫ですね。


俺は、柔らかい陽射しに包まれながらもう一度空を見上げた。


「あぁ、大丈夫だ。月陽」


あの日、月陽がしていたように俺も腕を上げ太陽に向けて手を差し伸べる。
太陽の光が眩しくて目を細めると、指先が暖かいものに包まれたような気がした。



おわり。

RAIN/SE.KAI N.O OW.ARIより。

ふわっと引用させていただいたので、解釈違いなどのご指摘はご勘弁を…(ぶるぶる)
義勇さんが最初に瞬きした後が夢主ちゃんとの思い出の回想。
そしてもう一度瞬きした後が現在。

悲しいけれど、優しいお話を目指して書いてみました。

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