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「義勇ー!」
寒空の下任務帰りの冨岡に手を振る影があった。
その姿にギョッとした冨岡は歩調を早めて自分に手を振る人影に向かう。
そこには結婚をして、現役を退き蝶屋敷で働くようになった月陽がいた。
夜は危ないから外に出るなと言ったのに、少し長い任務だった為かわざわざ自分を迎えに来てくれたのだろう。
約束を破った事以上に愛しさが溢れ走り寄って月陽を抱き締める。
「おかえりなさい」
「…ただいま」
「迎えに来たの怒ってる?」
「少し…だが嬉しい気持ちのが大きい」
そう言えば抱きしめているからこそ伝わる振動で声もなく月陽が笑っているのが分かった。
蝶屋敷に居るからか、少し薬品の匂いが月陽の匂いと混ざっていつもと違う香りがしている。
「でも約束を破ってごめんね。義勇に早く逢いたくて」
首筋に顔を埋めて話をされるから少し擽ったいが、首を縦に振って相槌を打つ。
逢いたかったのは冨岡も一緒なのだ。
「1週間寂しいから、やっぱりまだ現役引退しなければ良かったなーとか考えてた」
「…駄目だ」
「分かってるよ。ちゃんと話し合った結果だし、蝶屋敷で私にできる事もあるからいいんだけどさ」
やっぱり寂しいんだよ、とくぐもった声が聞こえる。
こういう時自分が気の利いた言葉が言えないことが冨岡の気持ちを僅かばかり下降させた。
宇髄の様に笑って月陽の不安を吹き飛ばす事も、炭治郎の様にいつでもきちんと言葉にして伝える事も自分にはとても難しい。
しかし少しでもいいから言葉にして伝える事が一番なのだと、前に月陽が教えてくれたのを思い出す。
「俺も、寂しかった。だが、こうして月陽が笑って出迎えてくれる事は本当に嬉しい」
「義勇…」
「…だから、たまにこうして迎えてくれるか」
帰る時には鴉を出すから、安全な場所で待っていて欲しいと体を離し目を見て伝えると月陽は鼻や顔を真っ赤にして笑いかけてくれた。
大切な人を失いたくない。そんな気持ちだけで月陽を引退させてしまった後ろめたさはずっとあった。
どこに居たって絶対なんて言葉はないし、冨岡については安全などもっとも遠い立ち位置にいる。
彼女に現役を退かせ蝶屋敷に勤務させたのは自分のエゴでしかないと冨岡は理解しているが、ど少しでいいからどうしても安全な場所にいてほしかったのだ。
「当たり前でしょ。義勇と少しでもいいから一緒に居たいもの」
「あぁ」
「さ、帰ろう!お腹減ったでしょ?」
「そうだな」
月陽は体を離すと今度は手と手を強く絡ませ歩き始めた。
二人の息は白くなって、冬の夜空に消えていく。
「早くお風呂に入って暖まりたいね」
「今日は一緒に入るか」
「えぇっ!?む、無理だよ!恥ずかしいもん」
「どうしても今日は片時も離れたくないんだ」
甘えるように月陽の手の甲へ擦り寄ると恥ずかしさからなのか、寒さからなのか頬を赤く染めて渋々と承諾してくれる。
月陽は冨岡に甘えられると弱い事を良く知っていて、彼は彼で全てにおいて彼女に甘い。
「義勇ってば、そういう時だけずるい」
「ずるくもなるさ。離れないで済むのなら」
「もーっ!大好きだよ義勇っ!」
「あぁ…俺もだ」
冬の日は特に人肌が恋しくなるという。
繋いだ手からは二人の体温が溶け合い、その暖かな雰囲気は寒い筈の外の空気さえ邪魔をする事はできない。
きっと雪でさえ、火傷をしてしまう程に。
おわり。
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