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俺は誰も信じない。
それでいいと思えた。
それがいいと思えた。
お前に会うまでは。
一人で居る事が楽だった。
「小芭内様」
楽だったと言うのに。
「外の空気を吸いに行きましょう」
お前が
「小芭内様、そろそろ桜の季節でしょうか」
一人では見れない景色を目の見えないお前が俺に見せてくれる。
一族に囚われている時から、ずっと俺の側に居てくれた。
盲目だと捨てられた哀れな女。
「月陽、まだ外は寒い。上着を着ていけ」
「はい!」
俺が柱になった後も、甲斐甲斐しく世話をしてくれる月陽は初めて会った頃より数段大人の女になった。
視力のない変わりに、月陽は鼻や耳、感覚がずば抜けていい。
「あら、小芭内様。笑っていらっしゃるのですか」
「…お前が余りに子供みたいにはしゃぐからな」
「ふふ。私を見て小芭内様が笑ってくださるのなら光栄です」
ペタリ、俺の顔に触れた月陽は嬉しそうに心からの笑顔を見せてくれる。
俺の業を知っていて尚側に居続ける月陽が、幼い頃より愛おしかった。
周りの大人のような、下心も鼻に付く猫なで声もなく、ただ純真に俺へと尽くす月陽が天使のように見えて幼い俺は呆気なく恋に落ちた。
「こちらへ来い」
「はい」
「…暖かいな」
手を取って俺の居場所を教えると、さも当たり前のように腕の中へ収まる。
幼少の時は逆だったと言うのに、そう身長の変わらない月陽は抱き心地がいい。
今までも、これからも月陽は俺の側に居続けるんだろう。
「なぁ、月陽」
「はい」
「もし、俺が死んだらどうする」
「……とても今更な事を聞くのですね」
見えない瞳は閉ざされているというのに、表情が俺より豊かな月陽は驚いたような顔をした後直ぐに微笑んだ。
「私はずっと、小芭内様のお側に居ますよ」
「共に背負ってくれると言うのか」
「小芭内様の、その背に負った醜い者達を月陽が共に払い除けて差し上げましょう」
そっと俺の背に回された月陽の腕が、何かを払うように撫でる。
重たく、暗い過去。
それを知っていて尚、俺を信じ尊敬し、愛してくれる月陽。
救われた後、こうしてここまでやってこれたのはあの人のお陰でもあるが何より月陽の存在があったからだと思う。
一人ではこの業に耐えられなかったかも知れない。
腕の中の温もりが何より大切な筈なのに、この業は自分だけで背負うべきだと思っているのに離したくない。
例え自分が死した後だとしても。
「私には小芭内様しか居ません」
「お前は器量もいいし、愛嬌もある。優しい男の元ならもっと穏やかな日々を暮らせるだろうに」
そんな事など思った事はない。
月陽は俺の側から離れないと分かっていてこんな意地悪な事を言ってしまう口は罪深いとつくづく思う。
「そんな意地悪なこと言わないで下さい。月陽には小芭内様だけなのです」
「…そうか」
「ずっと、お側に」
月陽の前では口元を晒している俺の唇へ手を這わすと、そっと柔らかい感触が重なる。
華奢な身体を抱き込み口づけを深めれば嬉しそうに俺の腰に回った腕に力が入った。
俺は一生、死んでもきっと月陽を手放す事はない。
狂った愛情だと周りに言われようとも、月陽は…月陽だけは手放せないし手放すつもりなど毛頭ない。
「愛している、月陽」
おわる
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