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「………」
「帰ったか」
「伊黒先生、私模擬テストの作成するので退いて頂けますか」
トイレから帰った私の椅子にピタリと自分の椅子をくっつける伊黒先生が居た。
何でこう次から次へと、そう考えた所で伊黒先生が退くつもりが無い事は火を見るより明らかだったので諦めて席へ腰を下ろす。
やはり近い。
とりあえず気にせずパソコンを叩きながら模擬テストを作り始める私を伊黒先生は無言で眺めた。
やりづらいんですけど。
「月陽」
「…何でしょうか」
「俺の授業では英語も使う。この単語を使った模擬テストを作ってはくれないか。お前の授業は分かりやすいと聞く。そんなお前からのテストに出してもらえるならあいつらの弱い脳みそにも少しは叩き込む事も出来るだろう」
「あぁ、この単語ですか。これならこの前教えましたしいいですよ。何度も出てくるとなれば生徒達も覚えやすいでしょうし」
意外とまともな言葉を掛けてきた伊黒先生に一瞬呆気にとられながらも、私が作った問題文を指差した理由に頷いた。
あの子達の力になるのなら多少考えていた英文も変えるのは当たり前の事。
伊黒先生が使ってほしいと言った単語を使う問題に変えてもう一度打ち込む。
何だかんだと皮肉は言っているものの生徒達の事を考えているのだから、彼もセクハラさえなければ素晴らしい先生なんだろう。
セクハラさえなければ。
「月陽」
「何ですか?」
「飴でも食べるか」
「あ、嬉しいです。珈琲飲んだのでちょっとサッパリしたかったんですよ。ありがとうございます」
レモンと紅茶味の飴を白衣から出して私の手に置いてくれた。
黒髪、マスク、萌え袖気味な真っさらの白衣。
容姿も整っているし、冨岡さんも思ったがこの人もセクハラしなければかっこいい。
ネチネチした言い方は余りいいとは思わないけど、その中で発する正論は伊黒先生がきちんとした常識も持っているからこそなんだろう。
「冨岡先生もそうですが伊黒先生も普段からそうならモテそうなんですけどね」
「何故そこで冨岡の名前が出る。それに俺はモテたいなど不純な理由で教師はやっていないしあいつと同等とは不快だやめろ」
「はいはい。ただ私は伊黒先生がかっこいいですねって言いたかっただけなので気にしないで下さい」
「かっこ、いい…?」
「えぇ」
伊黒先生に目をやる事なく画面に視線を留めたまま頷けばそうか、かっこいいか…と言いながら職員室を出て行った。
何だったんだと一瞬だけ伊黒先生の出て行った扉に目を向けたけど、とりあえず私は模擬テストの作成に集中する事にした。
次は昼食だし、どこで食べようかななんて頭の片隅で考えながら。
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