5
その後水柱になった俺は月陽といる時より無口になった。
隣で騒ぐ人間も居なければ、茶々を入れる人間も俺の周りにはいない。
居ないはずだった。
2年前に炭治郎を助け再会してからは何故かずっと付きまとわれている。
俺を兄弟子と慕い後ろをついてくる様子はどこか放っておけなかった。
「聞いてください義勇さん!この前また善逸が知らない女の子に迷惑を掛けていたんですよ」
「…」
「そういえば義勇さんは恋ってした事ありますか?」
「…どうだろうな」
無言で居ても炭治郎は気にせず話してくれる。
たまにこういったよく分からない質問をしてくるが、元師範の月陽と比べたら可愛いものだ。
ふと恋というものを尋ねられ、暫く思い出さなかった月陽の姿を思い浮かべる。
あれから何年経っても文は来なかった。
生きているのか、死んでいるのか分からない。もしかしたらあの容姿だ、結婚して子がいるかもしれない。
だがそんなものは俺の想像でしかない。
「すみませーん!!!」
ぼんやりとあの派手な羽織を思い浮かべていると俺の匂いで察した炭治郎が代わりに出てくれると言って屋敷の門へ出迎えに行ってくれた。
俺に訪問者など居ないのだが、一体誰だろうか。記憶を掘り返しても今日炭治郎以外の者が訪ねてくるなどの予定は思い浮かばない。
「ぎ、義勇さん!女の子が…」
「初めまして!貴方が水柱の義勇さんですか?」
炭治郎と同じくらいか、それ以下かまだ顔の幼い女は鬼殺隊の隊服に身を包み大きな声で俺に話しかけた。
その女が羽織っている物に目を奪われ、自分が冨岡義勇だと返事するのも忘れて歩み寄る。
紅色の青海波門が刺繍された羽織は見間違うことなく月陽の物だ。
「…これは」
「母の形見です!と言っても本当の子ではありませんが」
「形見…そうか、月陽は死んだのか」
「はい。上弦の鬼との相討ちにて、母は死にました。とても立派な最期でした」
目の前の女子の言葉に頭を鈍器で殴られたかのような衝撃に目を抑えて耐える。
ずっと一人で戦い続けていたのか、あの人は。
この様な子を育てながら、鬼殺隊を辞めてからずっと。
「出来るだけ早く義勇さんに母からの伝言をお伝えしたく参じました。突然の訪問お許し下さい!」
「ぎ、義勇さん俺ちょっと出掛けて…」
「いや、いい。伝言苦労。その前にお前の名は」
「はい!今期から鬼殺隊に入りました永津永恋と申します」
背筋を伸ばし笑みを浮かべた永恋は血が繋がっていなくとも月陽の面影がどこかあった。
「永恋か、いい名だ」
「はい!幼く名前も無い私を母がつけてくださりました!とても、とても大切な名前でございます」
「そうか。では伝言を聞こう」
縁側に俺が座り、炭治郎も戸惑いながらも俺の横に座った。
永恋は立ったまま、懐から一枚の紙を出し俺に差し出す。
「こちら先にお渡ししておきます。では私が受け取った言伝をお伝えします」
「…あぁ」
「義勇ー!私の可愛い娘が鬼殺隊に入るからよろしく頼むね!」
「………」
「以上が私が賜った言伝になります!」
「……えぇ」
月陽の声真似が似ていたこともあり、間違いなく永恋が彼女の娘である事は理解した。
理解したがなんて緊張感のない言伝なんだ。俺の気持ちを表すかのごとく炭治郎の発した言葉は間違いなく正解だろう。
「それでは私は訓練がありますので!」
「…えっ、ちょ!それだけ!?」
「はい!私は母の様な立派な柱を目指すので、時間は少しでも惜しいのです」
「永恋、お前甘味は好きか」
それではと言ってこの場を去ろうとする永恋に思わず声を掛けた。
あの人によろしくと言われては仕方がない。
「え、はい!大好きです!」
「ならいつか月陽と共に行った甘味処へ連れてってやる。励め」
「はいっ!」
「わ、ちょっ…義勇さん!俺送ってきます!」
「頼む」
まるで嵐のように去っていった永恋と彼女を追う炭治郎の姿がいつかの月陽と俺のようだった。
誰も居なくなった屋敷に一人残った俺は自室で月陽からの手紙を開いた。
[ 53/126 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]