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「水柱、親が鬼だったらしいぞ」


この前の件は瞬く間に鬼殺隊に広まり、本部に来ていた俺と師範は影から囁く声に耳を貸すこともなくその場を通り過ぎようとした。


「冨岡と言うのもたかが知れてるだろう。あんな水柱の元にいたんだから」

「水柱じゃなくて、元水柱だろ」

「確かに!」

「やぁ、楽しそうだねぇお前たち」


あまりの言いように怒りを抑えきれそうに無くなっていた俺は師範の相変わらず飄々とした声に我に返った。
師範は俺達の話をしていた隊士達の間に割り込み肩を組んで笑みを浮かべている。


「次、私の事じゃなく義勇の事を言ってごらん。その嫉妬と僻みに塗れた口を切り刻んでやろう」

「ひっ…」

「すみませんでした!」


師範の言葉に腰を抜かしそうになりながら隊士達が散らばる。
その様子を遠巻きに見ていた隊士達も蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「…本当に行かれるんですか」

「うん。もう私は鬼殺隊の人間じゃないからね」

「俺は、納得が出来ません」


師範は柱としての実力も素質もある。
あのような戯言を言っている者たちの何百倍と鬼を斬り人を助けてきたんだ。
部屋の外で待機していた俺はお館様と師範がどういう会話をしてきたかは知らないが、納得が行かない。

人と話す事を得意としない俺がどうしたら伝えられるかを考え口を閉ざすと、自分の体が着物の柔らかさに包まれた。


「泣くなよ、義勇」

「…泣いてません」

「お前は強い。私など居なくても大丈夫さ」

「貴女は本当にそう思っているのか」


よしよし、と子どものように頭を撫でる師範の腕を掴み引き寄せる。
それが思わぬ行動だったのか目を見開いた師範は口を中途半端に開き俺を見ている。


「俺は貴女のように強くはない!実力もまだまだだ!人手不足の鬼殺隊が貴女の抜けた穴も塞げると本気で思っているのか!」

「…義勇、人は成長している。ここに居るお前の様な将来を担う子どもたちがどんどん力をつけているのさ。お前が寂しいと思ってくれるのは嬉しい。だかな、あの人手なし共は腐っても鬼になっても私を産んだ親なんだ」


らしくもなく怒鳴る俺に困った様に笑った師範は優しい声で言葉を続ける。


「私は私なりにあの阿呆共の後始末をつけなきゃいけない。私に出来る最後の親孝行であり、罪を償いたいという私の意志なんだよ」

「鬼殺隊を続ける事でそれは達成出来ないのですか」

「お館様に日輪刀の帯刀許可は貰った。私は私で、鬼を退治するつもりだ。だから義勇、お前は立派な水柱になれ。義勇なら大丈夫だ。なんて言ったって私の可愛い可愛い継子だったのだからな」


そう言った師範はいつもの笑顔で俺の額に口付けをしていつものように頭を撫でた。
俺が何を言おうと師範の意思は変わらない事はどんなに納得がいかずとも、変えられない事実なのだろう。


「さぁ、義勇。お前は任務があるだろう?行っておいで」

「師範はこれからどうするつもりですか。せめて文くらい出させて頂きたい」

「うーん、決まったら私から連絡しよう。それまで待っていてくれるかい?」

「…信用なりません」

「おやおや、師範と呼んでくれた割には随分と信用の無い!」


あっはっは、と大きな笑い声を響かせ俺の頭を軽く叩く。
笑い事ではないと言おうとした瞬間、師範の笑い声は止み俺の胸を小さな拳で殴った。


「私はもう師範ではない。月陽と呼んでくれるかな?」

「…月陽、さん」

「呼び捨てで構わないよ、義勇。敬語もいらない。私の可愛い義勇、お前は生きて必ず幸せになりなさい」

「……幸せになる、資格は」

「多いにあるさ。それが私の願いであり、幸せなのだからお前に資格がないというのなら私が資格を駆使しよう!」

「…変わっているな」

「どうとでも言えばいい。願うのは人の勝手だ。さて、お前の助けを待っている人が居る。いっておいで」


そう言って月陽はそろそろ行かなくてはならない俺を見送ってくれた。
きっともう二度と会えないのだろう。それでもさよならを言わないのはあの人らしい。

姿が見えなくなった所まで来た俺は自分の頬に温かいものが流れるのに気付いた。
いつでも側にいてくれた月陽の存在の大きさを痛感する。

彼女はどういうつもりで接してくれていたのかは分からないが、少なからず俺はあの人を…

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