3
それから幾月も過ぎた時、俺の継子としての生活は急に終わりを告げた。
師範は急な要請を受けて鬼の討伐の救援に向かう事になった。
継子である俺も共に向かう。
その鬼は村一つを襲い、若い子ども達を狙い食っていると聞いた。
若ければ若い程肉が美味いと戯言を言ってのけた鬼が居たが、子どもを狙うとは。
師範も珍しく口数が少ない。
屋敷を出る前、要請を受けた場所は実家が近いと言っていた。
やはりどんな親でも心配なのだろうか、そう思って師範の顔を見るといつもの笑顔で返される。
「おや、気を使ってくれたのかい?」
「…いえ」
「俺なんかと思わないでおくれ。その気遣いはとても重要な事さ、義勇。だから卑屈にならなくていいんだよ」
口数の少ない俺を師範はいつも気持ちを汲んで話してくれる。
気を使うはずが逆に気を使われてしまったことを反省した。
全力で走る事数時間、鬼が居ると言う場所に着くと悲惨な光景が広がっていた。
その光景に思わず眉間が寄ってしまう。
中途半端に食われた隊士が虫の息で倒れていたり、顔の部分だけが欠損していたりとまるで地獄絵図だった。
「…師範」
「義勇。下がっていていいよ」
「なに、を」
「アレは私が殺さなきゃいけない。娘である、私がね」
師範の顔から笑顔が消えていた。
垂れ目がちな瞳は見開かれ、日輪刀を握る手には筋が浮き出ている。
俺が何かを言おうとした瞬間師範の姿は消え、目の前の男鬼のすぐ側で確認できた。
一瞬にして間合いを詰め型を繰り出す様はまるで憤怒を司る像のようで、その殺気に俺は一歩も動き出す事が出来ない。
鬼の斬撃も気にしない師範はいつも綺羅びやかな羽織を血で汚し、その頸を渾身の一撃で飛ばした。
次いで側にいた女鬼に蹴りを食らわせ尻餅を着きかけた髪を鷲掴む。
「恥を知れ!私を売り飛ばした事は怨んでいない!だが鬼に成り下がり罪なき子供を喰うとはどういう事だ!」
「…お前は、月陽かい」
「名を呼ぶな」
「おぉ、会いたかった。ごめんよ月陽、ずっとお前を探していたんだ。会いたくて謝罪したくて…気付いたら私達は鬼に」
「死んで詫びろ」
命乞いなのか、師範に涙を流しながら手を差し出す女鬼の体を頸ごと刻みその血をもろに受け止めた。
灰と化していく二人の鬼に冷たい目を向ける師範は別人のようだった。
飛ばされた女鬼の顔を見れば確かに師範に似た、人であったならさぞ美しかっただろう顔立ちをしている。
「貴様ァ…娘のくせに…親を殺すなぞ、やはり捨てて正解だったわ!」
「私もお前たちの様な屑に捨てられて良かったよ」
「恨んでやる…呪って、ヤル…」
「ならば私はそれ以上の怨念で呪い返してやる!消え去れ!!」
その言葉を最後に着ていた服以外が消え、血塗れになった師範は力無くその場に崩れ落ちた。
「師範!」
「…あぁ、義勇。すまないね」
「無事ですか」
「無事だよ、無事だとも。だが私はもうお前の師範では居られなくなった」
「なっ、」
「すまないね、義勇」
血に塗れた師範が力無く眉を下げて笑った。
その意味が分からなくて俺は言葉を失う。仮にあの鬼が両親だったとして師範は幼い頃に親権を破棄されているし、今まで隊や人の為に身を粉にして戦ってきたのだ。
お館様が師範を罰する訳がない。
そんな事師範も分かっているはずなのに。
「良き師範になれなくてすまない」
俺はこの時初めて師範の涙を見た。
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