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「さぁて、義勇が頑張ってくれた褒美に甘味処にでも寄って帰るかい」
「師範が食べたいだけでしょう」
「あはは、痛い所を突くじゃないか」
抱き締められていた頭を解放され目をそらしながら指摘すれば眉を下げて笑う師範。
大胆不敵、豪華絢爛。男ならばさぞモテたであろう師範は女性だが自分と正反対な明るい性格は羨ましいと思う。
この人の側に居ると落ち込んでる暇は無く前を向いて歩いていける。
「義勇、私は餡蜜が食べたいぞ!」
「…そうですか」
「では街まで競争としようか!これも鍛錬だぞ」
そう言うといち早く駆け出してしまう師範にため息をついて俺も後を追った。
いつもそうだ。自由奔放な師範の後ろを俺が追いかけている。
師範は木の間を駆け抜け、泥濘に足を取られそうな場所になれば枝を伝い山を駆ける。
地形にあった進行の仕方も師範に教わった。
最初こそ底抜けに明るい師範に戸惑いはしたが彼女が俺にとって不必要な事をすると言えば雑談や揶揄いだけだ。
この追い掛けっこでさえ師範の言うとおり鍛錬なのだと素直に受け取る事ができるようになったのはここ最近の事。
柱になる資格など俺にはないが、この人の側に居るのは不快じゃない。
楽しそうに軽やかに下山する師範の背中を見ていい資格を得たのは俺だと言うことに今では口に出さないだけで誇りにすら思っている。
空が明るくなり始めたのを感じたのはもう直ぐ街につくという頃だった。
「…おや?」
「………」
「義勇、甘味処は後どれくらいで開くのかな」
町について出た一言はそれだった。
まだ早朝ゆえに町は静かだ。こんな時間に甘味処などやっている訳がない。
普段の俺なら気付いたのかもしれないが、ついにこんな所まで侵食されてしまったのか。
「仕方ない、一度藤の家に寄って休んだら食べに行こう!」
「俺は…」
「駄目だよ。義勇が居なきゃ駄目だ。甘味と言うのはね、誰かと食べるから美味いんだ」
遠慮しようと口を開いたらそれを人差し指で押さえつけられ言葉を遮られる。
逃れられない誘いに俺は小さく頷いた。
その返事に満足したのか満面の笑みでよし、と言うと藤の家に向かって歩き出す。
「義勇、屋敷に帰ったらお前の好きな鮭大根を作ってあげよう」
「…!」
「ふふ、素直な子は好きだよ」
遊郭で食事の準備も手伝っていたらしい師範の料理は美味い。特に鮭大根は絶品だ。
それなら昼に甘味を付き合う価値がある。
俺達は藤の家に着いて風呂を借り仮眠を取った。
数時間だけ仮眠を取った俺達は昼餉を馳走になり師範の屋敷へ帰るために藤の家を出る。
それから師範の希望通り甘味処に寄り、屋敷へ真っ直ぐ帰った。
途中で鮭大根の材料を買うのも忘れずに。
「さて、私は夕餉の準備をしておくから義勇は好きにしているといい」
「風呂を沸かしておきます」
「助かるよ、ありがとう」
師範の家では適材適所、出来る者が家事をやる事になっている。
前に師範が柱合会議で遅くなった時に俺が飯を作ったがお世辞にも美味しいとは思わなかった。
師範はいつもの笑みを崩し掛けながらも全て平らげてくれたが。
それから出来る者が出来る事をやるとなった。
薪を運び火を見ていると換気する窓から師範の鼻歌といい匂いが鼻腔をくすぐる。
ふと師範は結婚をしないのだろうかと考えた。
師範は美人であるし、変わった性格ではあるが家事も出来る。
嫁にするにはいい人だと思う。
鬼殺隊には既婚者の男も女も居るから禁止されてる訳ではないと思うのだが。
しかし余計なお世話だと思い至った俺は思考を止めて風呂を沸かす事に集中した。
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