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「お前を斬ることなど出来ない」
「私が鬼の血に飲まれ醜くなる前に、義勇様に斬って貰いたいのです。私が、まだ私の意思で居られる内に」
「っ、何をしている!」
眉を下げ長い爪を自分の胸を刺す月陽の手を掴み冨岡が怒鳴る。
二人の間には月陽から流れる血が滴っていた。
「こう、して血を流さなければ…私は正気を保っていられません」
「泣くな、泣くな月陽」
「愛する貴方にこの爪や術を向けたくない。お願い!お願い…義勇様。私は誰も傷付けたくない。あの人達のような、鬼の様な人を陵辱する存在にはなりたくないの」
グチ、と更に爪を深く自分に突き刺す月陽はほろりほろりと涙を流す。
久し振りに会った月陽は涙ばかりを流してる印象だった。
自分を助けた太陽のような笑顔は息を潜め、ただ堪えるように涙を流すのだ。
それが自分と共に居るときは少しばかり笑顔が増え、抱き締めてやれば嬉しそうに握り返してくれた小さな手が冨岡の中にある愛しさを増幅させていた。
守りたいと、この手で幸せにしたいと思えた。
また守れないのか、そう絶望仕掛けた冨岡の頬を月陽の手が包み込む。
「守ってくれて、ありがとう」
「いいや、俺は」
「泣かないで、義勇様」
いつの間に自分は泣いていたのだろうか。
涙を止め、心配そうに冨岡を見る月陽が頬を伝う雫を拭ってくれている。
「義勇様」
「…っ」
「お話、しませんか」
月陽はそう言うと、冨岡の頭を軽々と膝に乗せある日の時とはまた違う薄っすらと明るくなった夜空を眺める。
「両親は元気でしたか?」
「…あぁ」
「それなら良かったです。あと、私と義勇様はここで初対面では無いと仰っていましたね。鬼にされている中で思い出したんです。頭から血を流した、今よりもう少し若い義勇様を」
そう言って冨岡を見下ろす月陽はあの日怪我をしていた場所を柔らかく撫でた。
鬼になって気付くなんて皮肉なものですね、と呟く。
「さっきは取り乱してすみませんでした。心優しい義勇様に斬って欲しいなど、これでは私もあの人達と変わらなくなってしまう。でも、あんな無惨に殺されてしまって可哀想な人達…何であれ助けて頂いたご恩はあったのだから」
「…お前は優し過ぎる」
「そんな事ありません。だって、義勇様にこんな顔をさせてしまったのは誰でもない私なのだから」
徐々に明るんでくる空を見上げてほろりと涙を一雫溢した。
鬼は日輪刀で頸を刎ね消滅させるか、太陽の光によって消滅するかのどちらか。
鬼となった月陽は本能的にそれを知っているのだろうか。
膝の上に頭を乗せた冨岡は月陽の血鬼術によって張り付けたように動けなくなっていた。
「…馬鹿な真似はよせ」
「こうして義勇様と朝を共に迎えられた事、とても幸せに感じます」
「月陽、頼む」
「ごめんなさい、義勇様。どうか、貴方に…幸多からんことを」
―――愛しています。
その言葉に何とか手を動かし服を掴めばぽろりと最後に1滴冨岡の頬へ涙を落とし口付けをして月陽は消えた。
血鬼術が解け、冨岡の手に残る物は月陽が着ていた着物だけとなった。
「っ、月陽…!」
彼の悲しげな声は朝日の登る山の中誰にも聞かれることもなく静かに消えていった。
その後暫く月陽の香りが残る着物を抱き締めた冨岡はゆっくりと歩き出す。
その瞳には人を鬼に変える鬼舞辻無惨への憎しみを湛えた深い青を宿していた。
「必ずお前の仇は取る。お前から幸せを奪った鬼舞辻無惨を、俺がこの手で」
これは悲しい涙の鬼と水柱のお話。
end.
ほろり→悲しみの涙
ぽろり→喜びの涙
を意識して物語を書きました。
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