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顔を両手で抑え叫ぶ月陽に冨岡は呆然と立ち尽くした。
目の前の彼女は涙を流し、艶やかな髪は白く染まり大きな瞳は紅く光っている。
「近寄ラないで!痛い事をスる人なんかキラいよ!」
鎹烏から伝令を聞いた冨岡は未だかつて無い程に全力で月陽のいるはずの藤の家へ向かった。
そこには無残に斬り刻まれた人間の塊が散布した部屋があっただけで、目当ての月陽の姿はなかった。
その場にいた隊士に話を聞けば一人の女鬼が血鬼術を使い泣きながら姿をくらましたと説明される。
特徴と逃げた方角を聞き、一人で向かうと指示を出した冨岡は月陽と共に食べに行った食事処のある山へと向かった。
らしくもなく叫びながら月陽の名前を呼べば、すっかり容姿の変わってしまった彼女が姿を現したのだ。
山に入った時、鬼と遭遇する可能性があると抜刀してしまっていた自分に思わず舌打ちをする。
恐らく自分の抜刀した姿に少なからず月陽は恐怖を抱いて錯乱し涙を流しているのだと冨岡は思う。
涙を流せば流すほど彼女の周りに浮いた水滴が増え、こちらを攻撃するかの如く鋭い形に姿を変える。
まるで月陽の心のようだと感じた冨岡は抜いていた刀を鞘に戻し、両手を広げた。
「月陽、俺を見ろ」
「あぁぁっ!駄目!近寄らないで!!」
鬼の血に必死に抗っているのか、頭を振りふらつく月陽にゆっくり近付く。
紅い瞳がギラつき、腹が減っているのだろう。
涎が垂れそうな自分の口を塞ぎながら一人暴れている。
「そうして耐えてきたのか。俺が来る何年もの間、一人で」
「こっち、来なイで…お願いです、冨岡サま…」
「苦しいだろう、辛いだろう。もう我慢しなくていい。大丈夫だ、俺の元へ来い」
「いや!傷つケてしまう!ワたし、ハ!あ"ぁっ」
精神が著しく不安定なせいで制御が出来なくなった血鬼術は水の刃となり冨岡の頬を切る。
それを気にした様子も見せずゆっくりと月陽に歩み寄り続けた。
自我を保とうとした彼女の爪は顔に深く傷を作り血が流れている。
「いやぁ…ごめ、ごめんなさい…冨岡様」
「たいしたことはない。さぁ月陽」
「と、みおか、さま…」
白く体温を感じない月陽の頬に冨岡が触れた瞬間紅く染まっていた瞳が人間だった頃の彼女の色に戻る。
その瞬間一気に間を詰めた冨岡が月陽の体を抱き締めた。
「あ、あ…」
「遅くなってすまない。驚かせて、すまない」
「そんな、そんな…貴方が謝る事なんて」
「大丈夫か、月陽。痛かっただろう」
ぽろりと零れ落ちた涙を掬い、少し苦しいくらいの力で月陽の体を更に抱き締める。
さっきまで流ていた冷たい涙ではなく、もう既に体温などなくなってしまった筈の月陽の涙が温かいものに変わった。
控えめに背中に回された月陽の腕が冨岡の羽織を掴む。
「ごめんなさい、冨岡様。私、鬼になってしまいました。貴方様のお嫁になりたいと言っていたのに、待っているとお約束したのに」
「泣かなくていい」
「本当に、ごめんなさい」
抱き締めても月陽の体温は暖まる事はない。
泣き続ける彼女の頬に触れ、冨岡は口付けを落とす。
鬼は討たねばならぬ者。そうは分かっていても、一人暴力に耐えてきた彼女は誰一人として食ってはいないし傷付けてもいない。
安心させるようにもう一度抱き締めながら冨岡は考える。
どうしたら月陽を救えるのかを。
「冨岡様…」
「名を呼べ」
「義勇、さま…どうか、どうか私の頸をお斬りください」
そう言うと震える手で冨岡の手を掴み、涙を流しながら微笑む月陽。
異形と化してしまった彼女は鬼とは思えぬ程の美しさと儚さを纏っていた。
そんな月陽の願いに反応が出来ずにいると、冨岡の額と自分の額をくっつけ囁くように話し出す。
「ありがとう、貴方に出逢えて私は救われました。暗い深淵の底から義勇様、貴方が救い上げてくれた。私はそれだけで十分なのです」
「俺は、」
「鬼殺を誓いし誇り高き水柱様。勝手な願いではありますが、どうか私をもう一度お救い下さい」
弱々しく手を握った月陽は儚く微笑んだ。
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