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「そっそれって…」
「愛している」
蝶屋敷に咲いていた椿のように顔を染める月陽の瞳を見つめていたら自然と言葉が溢れた。
少しばかり冷えていたはずの彼女の手もだんだんと暖かくなっている。
「う…」
「迷惑なら言ってくれて構わない」
「そんな、迷惑だなんて!」
「なら同じ気持ちでいてくれてるのか」
せっかく優しく握ったはずの手に力が籠りそうになる。
本当ならこの気持ちは抑えようと思っていたはずなのに、月陽が余りにも可愛い反応をするものだから思わず言ってしまった。
「…私も、冨岡さんが好きです」
「……!」
「そんな心外みたいな顔しないでくださいっ!」
待って欲しいとか、好きじゃないとか言われると思っていたのに返ってきた返事は何よりも嬉しいものだった。
抑えていたはずの手の力は月陽の手を引っ張り自分の体へ引き寄せた。
「と、冨岡さん」
「好きだ」
「ひゃい…」
「愛してる」
「ん、私もです…」
次々に自分らしかぬ台詞が口をついて出るが、腕の中の月陽は必死にしがみついて答えてくれる。
愛おしい、守りたい、大切。
まさか自分がこの様に誰かを想い、更に相手からも同じ感情が向けられるなんて思ってもいなかった。
「結婚するか」
「早くありません!?」
「…嫌か」
「あぁっ、しゅんとしないでください!」
俺の一言一言に表情を変える月陽がどうしようもなく愛おしくて薄い唇にそっと自分のを重ねた。
一度してしまえば溢れてしまいそうになるのを堪えて顔を離せば目玉が溢れるんじゃないかとばかりに目を見開いた月陽が面白くて自分の目が弧を描いた。
「ふ、」
「?」
「不意打ちは反則です…」
体にもたれ掛かるように抱き着いてくる月陽はまるでもう一度と言われてる気にしかならなくて、耳に唇を寄せてやる。
「1つ言っておきたい事がある」
そのままの体制で囁けば、身動ぎした月陽の動きが止まる。
前に思っていた事があるから今のうちに伝えて置かなければならない。
「他の男に抱き着かれるな」
初めて月陽に会った日、我妻に抱き着かれている光景が頭に浮かぶ。
もやもやとした気分になり、面白くない思いをしたのを覚えている。
「私に抱きつくなんて、一人しかいませんよ」
「ならそいつに抱き着かれるな」
「…頑張ります」
「お前は俺のだ」
分かったな、と呟いて更に抱きしめる力を強くする。
無言で頷いたのを確認したが、これからどうすればいいのか。
家に持って帰りたいが節操無しと思われるのもそれはそれで困る。
「…行くか」
「街へですか?」
「いつか俺の家へ来るといい」
体を離し前髪を整えてやれば、俯いたまま頷かれた。
これはいいという合図なのか。
兎に角今日は月陽が本来予定していた用事を優先させるべきと判断して小さな手を握り締めた。
「冨岡さん」
「なんだ」
「私、とっても幸せです」
「…そうか」
俺も幸せだと手を握ればまるで伝わったかの様に月陽が笑った。
これからも月陽のたくさんの表情を見ていたい。ずっと側で。
いつか錆兎たちの墓参りも、蔦子姉さんの墓参りにも連れて行こう。
勿論鱗滝さんの元へも。
おわり
冨岡さんは普段余り感情を表に出さない分、あふれ出したら止まらないんだろうなっていう。
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