2
月陽の想いには少し前に気付いていた。
まるで小鴨のように俺の後ろへぴーぴーとくっついてくる姿は煩くもあり可愛くもあったのだ。
だから、気まぐれに町へ寄ったときにたまには女らしくしろと簪を買ってやった。
「えへへ、嬉しいです!ありがとうございます!一生大切にします!」
「礼はいいから休日くらい女らしくしろ。月陽、貴様は頭は悪いが愛嬌はあるんだ。少しぐらい着飾り口を開かねばそれなりに見えるだろう」
「ほ、本当ですか!?」
「それを挿せば甘露寺の次くらいに可愛くなれるかもしれんな」
たまには俺に尽くす継子を褒めてやらねばと思っての事だったのに、振り向いた先の月陽の表情で気付いてしまった。
頬を紅く染め、嬉しそうに簪を撫でる姿はどう見ても恋をする女そのものだったからだ。
「甘露寺さんの次に、なんて嬉しいです。ご冗談でも凄く!」
「……そうか。脳天気な頭で羨ましい事この上ない」
「それが私なのです。それに、伊黒さんのお側に居られるだけで十分だから!」
不覚にもそう言って微笑んだ月陽が甘露寺よりも可愛いと思ってしまった。
あの笑顔を見て以来、俺の見る景色は代わりお前の事ばかりを考えるようになった。
継子になる為ならば、自分の女としての将来は要らぬと言って俺の元へ現れた月陽。
平々凡々な才能ながら月陽は俺の期待に答えようと見ていない所でも血反吐を吐きながら鍛錬をしていたのも知っている。
そんな健気な姿が可愛らしくもあり、俺にはない素直さが羨ましくもあった。
「伊黒さんは寂しがり屋ですよね!」
そう言ったのを覚えているか。
あの時は屈辱だ無礼だと言ったが、あながち間違いではなかったのかもしれん。
「そう思ったのなら、なぜお前は俺を置いて逝くのだ。大馬鹿者が」
たまたま帰るのが早くなり、家に真っ直ぐ帰ってみればいつも喧しく出迎える月陽が居なかった。
何をもたついているんだと思いながら自室で待とうと横になった時、ふと嫌な予感がした。
だから、柄にも無く迎えに来てやったというのに。
「助けて!お姉ちゃんが死んでしまうよ!」
すぐそこで会った子どもに泣きつかれ急いで来たがすでに手遅れだった。
いつも喧しいほど大きな声で俺を呼ぶ声は弱々しく言葉を紡ぎ、俺を見ると輝きを増した瞳が今では虚ろで何も映さなくなっている。
きっと、目の前に立つのが俺だと言うことも気が付いていないのだろう。
耳を澄まさねば聞こえない声で謝った月陽は、最期に想いを告げて動かなくなった。
どんなに強く叱っても、強く竹刀で叩いても泣きもしなかった瞳から大粒の涙を一粒零して。
「月陽」
俺の呼びかけにも反応しない。
名前を呼べば犬のように走ってきたはずなのにピクリとも動かない。
「…お前は最期まで手の掛かる継子だな」
目を開いたままの月陽の瞳を閉ざし、背負ってやるとまるで無機質な人形を背負っているかのような感覚がする。
そのままとろろ昆布が入った買い物かごを拾って俺の屋敷へ足を向けた。
「返事は暫く待っていろ。言い逃げは許さんからな」
いつかそっちに行った時には覚えているといい。
蛇は狙った獲物は逃さないことをよくよく教えてやろう。
嫌だと言っても側に居させてやる。
だから、それまではゆっくり休むといい。
「おやすみ、月陽」
おわり。
[ 74/126 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]