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店長さんがパスタやサラダを作っている姿が静かに流れるBGMのお陰でまるで映画を見ているかのような光景に映る。

料理中だからかシャツの袖を捲った腕が意外と筋肉質で見惚れてしまう。

会社では絶対にありえないこの穏やかな光景と、心が温まるようなアールグレイのお陰で少しだけ眠くなってしまった。


「…出来上がるまで、少しだけ」


私はテーブルの上で腕を組んで少しだけ目を閉じた。
いい香りがする。今日はクリーム系のパスタなのかな、なんて思いながら微睡みの中に身を委ねる。


「月陽、起きろ」

「…ん」

「起きねば襲うぞ」

「はいっ!起きました!っえ!?」


どれくらい寝ていたのかは分からないけど、目の前に置かれたパスタが湯気を立てていたのでそんなに寝ていない事は何となく分かった。
分かったんだけど、店長さんの言葉が寝起きの私の頭をパニックに陥らせる。

マスクを顎までずらした店長さんは薄い唇で弧を描き私の髪の毛で遊びながらこちらの反応を見ていた。


「おっ、おそおそ…襲うって!」

「なかなか起きなかったのでな、こう言えば起きると思っただけだ。温かい内に食え」

「す、すみません!いただきます」


髪の毛で遊ぶのを辞めた店長さんの顔をちらと見ながら手を合わせて食事を開始する。
マスクで隠れていた顔が見れた。今まで一度も外した事が無かったから、その姿が新鮮過ぎて美味しいはずのパスタの味がよく分からない。

折角作ってくれたのに申し訳ないと思いながら食べていると、横に置いてあるケータイが着信を知らせるように振動し始めた。


「か、会社からだ…」


まだ休憩を取って30分も経たないのにもう呼び出しだなんて。
作成した物が駄目だったのだろうか、それとも後輩が何かやってしまったのか。

この場で電話を取るのは気が引けて、隣で黙って座っている店長さんに視線をやると冷たい目をしてケータイを見つめていた。


「す、すみません。マナーモードにはしてたんですけど…」

「取ればいい。他に客も居なければ俺は別に通話を禁止してもいないのだからな」

「いえ、お店を出たらかけ直すのでお気になさらず…」


パスタはもう少しで食べ終わるし、サラダも大きくないからやはり食べ終わって店を出てからでもいい。
どうせ怒鳴り散らされるのだし、店長さんの前でわざわざ恥を晒したくはない。


「…お前は、いつまでその会社にいるんだ」

「え?」

「いつもいつも疲れた顔をして、食事もろくに取らせん上に、睡眠さえ妨害されているんだろう。そうまでしてどうしてお前はその会社に縋りつく」

「そ、そんなこと言われても…私は元々田舎から上京して仕事してますし、今の仕事を辞めたら生活も出来なくなってしまいますから」

「会社にとってお前は細々した換えのきく歯車の一つでしかないが、お前の人生は月陽という大きな歯車でしか動かん。俺が言いたい意味は分かるか」

「…そりゃ、分かりますけど」

「辞めたいのか、辞めたくないのかどっちだ」

「辞めたいですよ、勿論。でも、」

「なら話は早いな」


フォークとスプーンを置いて店長さんと話していたら再びケータイが震えだす。
辞められるものなら辞めたい。でも辞めてしまったら私の生活はどうなるの、今更実家に帰って就職先を探すなんて。

それに、実家に帰ったらもっとこのお店に来れなくなってしまう。
店長さんと、鏑丸君の居るこのお店に来ることが今の私にとって睡眠時間より丸一日の休みより大切なのに。

次第と視界が滲んできていけない、と目を強く閉じた時肩を抱き寄せられ唇に何かが触れた。
何事かと目を開けたらとんでもなく近い距離で店長さんが私を見つめてる。


「俺の元に来い」

「…え?」

「仕事が無くなるのが怖いのなら、俺の元で就職すればいい。月陽、お前の人生ごと捧げろ」


勝ち気に笑う店長さんに、どうして私の名前を知っているんだろうとか、人生ごとってどういう意味だろうとか色々な疑問が浮かんできてすぐに消えた。
店長さんがもう一度深い深いキスをしたから、そんなの考えている場合じゃなくなってしまった。


「っ、ん…ふ」

「…っは、分かったか?」

「は、はい…」

「いい返事だ」


ぼぅっと店長さんを見つめる私の唇をペロリと舐められ、言われるがままに頷いた。

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