「黙ってたらかっこいいんだよなあ…」

ぼそっと溢した一言に、何よ、と短い返事が返ったきた。まさか聞こえてるとは思わなくて慌てて最後の一口を口に詰め込む。駅前で人気のクレープが食べたいと呼び出されたから来てみれば小一時間も待たされてやっと食べられるような大行列で、すっかり草臥れたわたしとは正反対に中野くんは嬉しそうに何度もスマホで写真を撮っていた。確かに最近流行りのゆめかわ?ってやつをイメージしたクレープは本当に可愛かったけど、味は至って普通のクレープ。女子でもあるまいしと思ったけど中野くんが誰よりも女子だというのを忘れていたしわたし自身が女子だということもすっかり忘れていた。中野くんといると自分が女の子であることが恥ずかしくなる。

「中野くんって、見た目は普通だよね」
「ん?」

かぶり付いて食べていたわたしを見習ってほしいほどちまちまスプーンで掬って口に運ぶ中野くんは、それを咥えたまま小首を傾げて見せる。その仕草ひとつひとつが間違いなく可愛い。

「だからさぁ、女の子の格好をしたりはしないよねってこと」
「別に女の子になりたいわけじゃないしね、私は」
「そ、そうなの?」
「でも可愛いものは大好きよん」

にこっと笑う中野くん。可愛らしいピアスが揺れて、成る程身に付けている小物類は全部可愛いものだった。ピンクを中心としたパステルカラーに身を包んでいるのはよく見かけていたけど、特にレディースものの服というわけではないし、多分中野くん本人が中性的な顔で綺麗なのと、その可愛さ全開の小物使いでそういうイメージがついていたのかもしれない。中野くんはチョコソースのたっぷりかかった生クリームを頬張って目を細める。

「んふふ、ひあわへ」
「良かったねえ」

中野くんは女の子への対応が上手いからよく恋愛対象に入れられてしまうので、友達が少ないと嘆いていた。何とも憎たらしい悩みだけど、可愛いもの好きの中野くんにとっては深刻な悩みだそうで、こうして中野くんに付き合って可愛いもの巡りをするわたしは中野くんの中でも希少価値だと前に言われたことがあった。本当か嘘か分からないけどどっちでもいいや、わたしも中野くんは恋愛対象外だし、そもそもわたしが恋愛するところなんて想像もできない。

「中野くん、次はどこに行くの?」
「前に言ってた映画は観た?」
「あー、あれね。こないだ友達と観に行ったけど面白かったよ」
「ええっ、何で私を置いてったのよバカ!あんなに話してたからてっきり一緒に行ってくれると思ってたのに!」
「ごめんって、話してたら早く観たくなっちゃったんだよ」
「むー…、いいわ、じゃあ今日はお買い物に付き合ってもらう!その後カフェでティータイムでもしましょ。この前パンケーキがとっても美味しいお店を見つけたの!」
「ええ、まだ食べるの…」
「やだぁ、こんなの食べたうちに入んないわよぉ」

やっとクレープを食べ終えた中野くんがお上品に口許をナプキンで拭った。ぷっくりした唇がすごくセクシーで、わたしもこのくらい欲しかったなあなんてちょっと思う。綺麗な顔すぎて見れば見るほど女のわたしが惨めになるからあんまり直視したくない。

「ん?名前ちゃんどうしたの?」
「いや、中野くんほんと綺麗だなって思って…」
「そーお?名前ちゃんだって今日はメイクばっちりで可愛いじゃない。そのアイシャドーもよく似合ってるわ。レンガ色、可愛いわよねぇ」
「っ…!」

そ、そんなとこまで見てたの、と声にはならないけど表情に出てたと思う。目を見開いたわたしをくすくす笑いながら中野くんは立ち上がった。

「名前ちゃんの女の子らしいところ、私たくさん知ってるわよ。さあ、行きましょ。可愛くして来てくれた名前ちゃんをとびきり楽しませるデートにしなくちゃ!」

別に中野くんのためじゃ、なんて言えない雰囲気だった。強引に手を引かれてわたしも慌てて立ち上がる。わたしより一回りも大きい手のひらに指を絡められて、女の子同士のじゃれあいのように引っ付かれる。これにはもう慣れたけど、第三者が見たらカップルにしか見えないだろうなあ。

「ねぇ名前ちゃん、今年のクリスマスコフレはもうチェックした?私あなたに似合いそうなブランド見つけたのよ」
「そ、そりゃどうも…」

今日はコスメティックを見て回ることになりそうだ。





デジャブだ、なんて冷静に思う。
フォークを口の中に運んで目を細める中野くんは何とも可愛らしく、ほっぺたが落ちそうだとばかりに手を添える仕草もごく自然だった。ソファ席だというのに席の半分は色んなショッパーで占領され、小ぢんまりしながらパンケーキを頬張るわたしに中野くんは満面の笑みを見せた。

「ね、言ったでしょ、ここのパンケーキ最高なの!」
「うん、そうだねぇ…」

一段でいいと断ったけど、甘ったるすぎて一段すら食べきれるか不安だったのに、三段頼んだ中野くんはもう半分以上平らげている。デザートは別腹という女の子の胃袋をしているのか、それとも単に大きい男の子の胃袋をしているのか分からない。甘さを誤魔化すためにブラックコーヒーを啜ると、中野くんがわたしの顔をじろじろ見つめながらフォークを置いた。

「な、なに」
「名前ちゃんって本当に睫毛長いわよね」
「そんなことないよ、中野くんの方が長いじゃん」
「私は量が多いだけよ。名前ちゃんってお人形さんみたいでたまに惚れ惚れしちゃうのよね」

こんなに綺麗な顔立ちのひとに言われると嫌味にすら聞こえるけど、中野くんは多分素直な感想を漏らしてるんだろうなあ。いつも素直にひとを褒めるから惚れられやすいんだろうけど、そこも中野くんのいいところだから黙ってる。

「ありがとう、嬉しいよ」
「あら、本当よ?もしかして疑ってる?」

わたしが棒読みすぎたのか、中野くんはずいっと顔を近付けてさらにわたしを見つめてきた。ひとにまじまじ顔を見られるのって緊張する。

「私ね、いつか名前ちゃんのメイクをしてみたいのよ。私好みのお人形さんにしてあげたいわ」
「なるほど…だからコスメを買いに行った、と」
「ご名答!ふふ、約束よん」

中野くんは嬉しそうに笑ってまたピアスを揺らした。中野くんだって、短髪ではあるけど中性的な顔だからメイクをしたらボーイッシュな女の子って感じになりそうなのに、本当に女装願望はないらしくて一度も見掛けたことがない。わたしよりずっと可愛いはずなのに、もったいないなあ。

「名前ちゃん?」

わたしから返事がないから中野くんが心配そうに視線を投げてきた。

「ねえまだ疑ってる?本当に可愛いと思ってるのよ、私」
「あぁ、うん、わかったよ」
「名前ちゃん、本当だから」

返事をしなかったから信じてないかと思ったらしい中野くんが、寂しそうに目を細めた。その切なげな目がちょっぴりセクシー。

「名前ちゃんは本当に可愛くて、大好きなのよ」

ガタン!
変なこと思ってたせいか大好きなんて言葉に過剰反応しちゃってテーブルに肘をぶつけた。中野くんがあわあわとナプキンを握るから胸元を見ると、見事にコーヒーを引っくり返している。わたしもつられてあわあわとおしぼりで擦った。

「名前ちゃん、その服脱いで」
「えっ!?」
「下着てるわよね?一回洗いに行きましょう。コーヒーは酸化する前に落とした方が良いわ」

中野くんに引っ張られるように立ち上がって御手洗いに連れてかれる。男性用女性用で分かれている真ん中の洗面台の前で、中野くんはわたしの服を捲り出した。

「ま、待って中野くん!ここで!?」
「下着てるわよね?」
「き、着てるけど…っ、わ、わかった、自分で脱ぐよ…!」

気恥ずかしくて少し背を向けて上を脱ぐと、中野くんはテキパキとシミの部分を濡らしていく。うん、黙ってみてると男らしい。腕捲りしているから骨張った腕がよく見えて、中野くんはちゃんと男らしいところもあるんだなあと感心した。そんなどうでもいいところを観察しているうちに水の音が止まる。

「ふぅ、良かった、ほぼ落ちたわよ!」
「ほんと!?」
「えぇ、でもこれを着たらちょっと寒いかも。私のニットで良ければ着ててちょうだい」

そう言うと中野くんは目の前でニットを捲り上げた。一緒になって持ち上がったシャツから腹筋が見えて、思わず息を飲む。今、うっすらお腹割れてなかった…?

「名前ちゃん?」

名前を呼ばれてハッと顔を上げた。つい腹筋をガン見しちゃったけど、間違いなく割れていた、と、思う。

「どうしたの?」
「いやっ、わ、悪いから、大丈夫だよ」
「そんなことないわ、私が勝手に濡らしたんだもの。それに名前ちゃんが風邪を引いたら悲しいわ」
「そ、そう?」

だめだ会話が全然入ってこない。長年友達をやってきたのにこんな些細なことで動揺するなんてこれっぽっちも思ってなかったし、想像すらしなかった。上手く言葉が繋げなくて、わたしは上擦った声を漏らす。

「中野くんって、甘いものたくさん食べるのに太らない、ね…」
「ふふ、そう?甘いもの大好きだから、これでも体型維持に苦労してるのよぉ」
「そうは見えなかったけどな…」
「え?」

しまった声に出てた。慌てて目を逸らしたら、あぁ、なんて中野くんが笑う。そしてその細い指でシャツを捲ると、わたしを誘うような目付きで視線を寄越した。

「もしかして名前ちゃん、私の体見えちゃった?」
「!…な、なかの、くん」
「ふうん、名前ちゃんは可愛いものが好きなんだと思って隠してたけど、案外男らしいのが好きなのねぇ」

ごくっと喉が鳴ったのが聞こえたかもしれない。捲られたそこはうっすらと綺麗に筋が入っていて、確かに割れていた。華奢な中野くんからは想像できなくて、白い肌が何ともいやらしくて、目が離せない。

「ねえ名前ちゃん、今自分がどんな顔してるか分かってる?」

中野くんの指がシャツから離れ、わたしの顎を持ち上げた。綺麗な瞳がわたしの顔を覗き込む。

「私の前で初めて雌の顔をしたわね。かぁわいい」
「な、中野くん、ちょっと、」
「もっとその顔見せてちょうだい」
「中野くんっ、」

胸板を押してもびくともしない。奥まったところとはいえ誰が来るか分からない場所で、目の前の中野くんは完全に雄になっていた。色っぽい目でわたしを誘惑している。

「目が濡れてきた、興奮してる?」
「ち、が」
「ふふ、本当に可愛いわね…大好きよ。私だけのお人形さん」

中野くんがうっとりと漏らす言葉を理解できないまま口を塞がれる。ぷっくりしててずっと羨ましかったその唇は、想像以上に柔らかくて、甘いクリームの味がした。


END
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オネエ好きのフォロワーさんへ。わたしの性癖を織り混ぜて申し訳ないのですが、ちらっと見える腹筋が大好物です。名前様、お付き合いありがとうございました。
20161025
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