「ねぇ、知ってる?」

はい出た、豆しば。
絢人くんは顔を顰めます。名前ちゃんはいつもこうやって絢人くんに無駄な知識を披露するからです。

「知ってる」
「…」
「…」
「…ねぇ、」
「うぜえ、知ってる」

まだ話も聞かないうちに絢人くんのくだらない話よりもスマホゲームの方が大切なのです。ポップな音と共に画面からキャラクターが消えていきました。

「…わたしも、消されちゃうのかな」
「うぜえ!」

絢人くんはくわっと叫び、スマホをクッションへ投げ付けました。こうして物に当たるのは絢人くんの悪い癖。名前ちゃんは口を閉ざして下を向いていました。

「なに」
「え…」
「だから、聞いてやる。何言いたかったのお前」

ただしくだらねえこと言いやがったらマジで消すからな、と睨むと、名前ちゃんは少し悲しそうに笑って絢人くんを見つめました。

「うん、あのね、絢人くんよく髪型や髪色を変えるでしょ」
「それが?」
「そうやって髪色をころころ変える人って、浮気性なんだって」
「…」

思わず怒鳴ってしまいそうなのをぐっと堪えます。名前ちゃんはいつもそう、どっかから変なことを聞いてきてはこうして絢人くんを責めるのです。絢人くんの血液型がO型だと知ったときはO型の本を片っ端から読んで絢人くんを散々責めて困らせたというのに全然懲りていません。絢人くんは自分を落ち着かせるために大きな深呼吸をしますが、名前ちゃんはその様子をそっと見守り、寂しそうにまた下を向くのです。

「反論、しないんだね…」
「すぅ〜〜…」

怒りの余り口から息が漏れます。反論したらしたでめんどくさいのを重々承知なので黙っていたのですが、この言われよう。メンヘラってマジでめんどくせえ、と心の中で悪態を吐きながら先程投げ付けたスマホを拾いました。

「あのさあ」
「うん」
「ほんとに髪型をころころ変えてるやつが全員浮気性だと思ってんの?」
「うん」
「あっそうですか。もういいよバカ」

チッ、と舌打ちをひとつ。マジでくだらねえことじゃねえか、と言われて名前ちゃんは悲しくなりました。こちらとしては全然くだらなくないのです。金髪、茶髪、また金髪、ツーブロ、パーマ、メッシュ、刈り上げ、本当に好みがころころ変わる絢人くんに名前ちゃんは不安でいっぱいでした。わたしのこともきっとすぐに飽きちゃうんだ、すぐに捨てられちゃうんだ、そう思うと悲しくて胸が潰れてしまいそうです。そんなことを知らない絢人くんはどうでもよさそうな顔をして頭を掻いていました。違うんだよ、わたしはもっとちゃんと、否定してほしいんだよ。言えはしませんが絢人くんを見つめます。するとそのとき、絢人くんのスマホがヴヴッと震えました。短いバイブレーションを聞き逃さない名前ちゃんはさっとそちらに視線を遣りますが、画面には【新着メッセージが届きました】の文字。

「メッセージ、見えないようにしてるんだ…」
「ちがう!」

絢人くんは慌てました。また放っとくと落ち込まれるので、先手必勝とばかりにスマホの画面をつけて見せます。

「ほら見ろ、携帯にロックかけてないだろ?こないだお前が携帯ロックかけてる男は浮気してるとか言うからやめたんだよ。何もやましいことはないんだって。ただLINEはメッセージ非表示にしてるけど、それだけだよ」
「そこが一番大事だよ…」
「えっ?」
「絢人くんは分かってないよ…LINEっていう個人対個人の連絡ツールが一番怪しいもん。それを見られないようにしてるのが一番疑わしいよ」
「お前のせいだろうが!」

怒鳴ってからハッとします。名前ちゃんに疑われるとついカッとなってしまいますが、絢人くんは別に怒りたいわけではないのです。気まずそうに咳払いをしてからスマホを置きました。

「あー…、だからな、別に他のやつの連絡はどうでもいいんだよ。お前からのLINEの内容が怖くて…それを友達に見られたら心配されるだろ?かと言ってお前の通知を切ると後々さらに怖ぇことになるし、こうするしかないんだよ」
「わたしからのLINEがこわいの?」
「怖ぇよ。今誰といるだの、何時に帰ってくるだの聞いて、ちょっと返事しねえとすぐ死にてえとか言ってくるし、返事催促するし、誰にも見せらんねえよ…」
「…」

ちょっと目を離した隙に何百件と溜まるLINEを思い出して絢人くんはため息を吐きます。そんなため息ひとつにも、ああ、わたしにうんざりしてるんだなあと感じてしまう名前ちゃん。少しずつ呼吸が乱れてしまいました。

「は、そ、そう……だよね、ごめんね、わ、わたしが彼女じゃ、はっ、あやとくん、恥ずかしいよね……」
「…おい」
「ご、ごめ……わたし、消えちゃいたい……」

拒絶による軽いパニックを起こしているようです。絢人くんはそんな名前ちゃんの手首を掴みますが、名前ちゃんは落ち着かないように視線を揺らしていました。名前ちゃんの細くて折れてしまいそうな手首に絢人くんは眉を顰めます。

「おい、お前ちゃんと飯食ってねえだろ」
「…」
「ちゃんと食うって約束したよな。俺お前になんかした?最近はお前が不安になるようなこと何もしてないと思うけど、もしかしてまた吐いてんの?」
「ご、ごめんな、さ…」
「謝罪が聞きたいんじゃねえんだよ。あとこの痕。リスカもしないってお前言ったよな」
「あ……それ、は……」
「あんまめんどくせえことばっかするとマジで怒るぞ。約束破られてばっかじゃ俺だって嫌になる」
「あやと、くん…」

やだ、怒らないで、捨てないで、と名前ちゃんの目からは大粒の涙がぼろぼろ溢れ出しました。名前ちゃんのこういうところがめんどくさいのですが、そしてそれは本人も自覚しているのですが、涙は止まることを知りません。震える声で、やだ、やだ、と絢人くんの袖を握るので、絢人くんは名前ちゃんの後頭部へ手を回しました。

「おい」

絢人くんは一瞬、ちゅうっと唇に音を立てます。一瞬すぎて感触なんて分かりませんでしたが、ごちんとぶつけられたおでこが少し痛くて、絢人くんは後頭部をがっしりと掴んだまま離してくれません。

「あ、絢人くん、ちかい…」
「うるせ」

重なり合ったおでこが何だか熱くて、至近距離の絢人くんはほんのり頬を染めていました。

「なあ、おい」
「はい」
「……好き」

滅多に気持ちを言葉にしない絢人くんが、恥ずかしそうに声を漏らします。え、今、はい? 名前ちゃんはびっくりして絢人くんを見つめますが、顔が近すぎてよく見えません。

「あや、と、」
「いちいち泣くんじゃねえよめんどくせえから。お前を泣かせたいわけじゃねえし、俺はもっと安心してほしい」
「あ…、は、はい」
「…、分かってねえだろお前」

絢人くんは名前ちゃんの頬を両手で包み、その潰れた顔を見つめます。

「俺は名前しか好きじゃない。他の女に興味ない。はっきり断言できる。髪型変えるから浮気性とか言われてもやめらんねえけど、浮気だけはぜってーありえねえ。こんなにめんどくさい女がいんのに他に手ぇ出す暇あるかよ」
「あ、あ、あやとくん、」
「俺にはお前だけ。お前にも俺だけ。だから何も不安になることはない、安心して俺のこと好きでいろ。俺も好きでいてやるから。わかった?」

普段こんなことを言うタイプではないので名前ちゃんの頭はパンク寸前。絢人くんがこんなことを言うなんて、まるで将来を誓ってくれてるみたい。うっとりしてしまいますが絢人くんは気に入らない様子で名前ちゃんの頬を潰します。

「おら、返事しろ。わかったのか?」
「は、はひ」
「ほんとだな?またなんかめんどくせえこと言ったらぶん殴る」

絢人くんはやっとパッと手を離してくれました。重なったおでこも離れてしまい、絢人くんが離れていきます。徐々に見えてきた絢人くんは少し照れていて、名前ちゃんは胸が熱くなるのを感じました。

「絢人くん」

今度は名前ちゃんが絢人くんの頬を両手で包みます。は、なに、という顔をしている絢人くんに、静かに唇を重ねました。押し付けるだけのキスですが、さっき絢人くんがしてくれたような一瞬のキスではなく、好きという気持ちを込めた丁寧でゆっくりしたキスです。唇を離すと絢人くんは目を開けたまま、真っ赤な顔で固まっていました。

「絢人くん?」
「お、おまっ、な、いまっ、なにを」

絢人くんは慌てて手の甲で顔を隠しますが耳まで真っ赤なので効果はありません。名前ちゃんからこんなことをされたのは初めてだったので、絢人くんはますます心臓を早くさせてしまいます。

「な、何おまえ、さいあく…」
「え?」
「もっと、好きになっただろ…」

ぎゅ、と胸の辺りの服を握る絢人くん。この顔を見ていたら成る程浮気の心配はないようです。

「絢人くんごめんね、わたしもっと絢人くんのこと信じるから。大好きだよ」
「おー…、また疑ったらぶん殴るからな…」

力のない声でそう言うと、絢人くんはふいっとすぐに顔を逸らしてしまいました。


END
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オラオラしてるのに照れ屋のヤンキーくんが一生懸命気持ちを伝える様が書きたかっただけのお話です。名前様、お付き合いありがとうございました。
20160904
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