見つけた瞬間、高橋さんは今まで感じたことがないくらいに背筋がゾッとしました。全身の毛穴から汗が吹き出し、喉が締まって上手く息が吸えません。どうして、どうしてこんなものが。高橋さんはモニター越しにもう一度顔を近づけます。

「睡眠…導入、剤……」

やっぱり、そう書いてあります。昨日は夜遅くまでレポートをしていてそのまま寝落ちてしまった高橋さんは珍しく名前より先に夢の世界へ入っていってしまったのです。ですから、その後の様子は分かりません。名前ちゃんがどうしてそんなものを持っているのか、どうして横に転がっているのか、さっぱり分からないのです。ただ薬のパッケージが開いているのでそれを飲んで寝たのはまず間違いないでしょう。高橋さんは慌ててパソコンを操作し、昨晩の名前ちゃんの部屋の様子を画面に映し出しました。その間にも心臓はばくばく高鳴っています。昨晩の名前ちゃんは寝付きが悪く、最近寝付きは悪そうでしたが特に酷かった様子です。何度か寝返りを打っていますが全く寝付ける様子ではありません。名前ちゃんはベッドから立ち上がり、机の引き出しから入眠剤を取り出しました。高橋さんはそんなところにそんなものがあったなんて全く知らなかったので少しショックを受けました。入眠剤を買うくらい悩んでたなんて…。相談すらされなかったのです。画面で見る限り名前ちゃんは用量をきちんと守っているようでした。その点はほっとしたのですが、その後の名前ちゃんはまるで眠り姫のようにすやすや寝付いてしまい、目を覚ますことはありません。高橋さんはどんどん心配になってきてしまいました。

「名前…っ」

泣きそうな声を出しながら高橋さんは名前ちゃんの部屋の合鍵を握ります。じっと待っていられずに高橋さんは部屋を飛び出しました。


名前ちゃんの部屋に入ると、名前ちゃんの胸が上下に動いていて呼吸をしているのがよく分かりました。高橋さんはホッと息を吐くと、すやすや眠っている名前ちゃんに近づきます。伏せられた睫毛が美しく、まるで天使が眠っているようで高橋さんはだらしなく顔の筋肉を緩ませました。ああ可愛い、俺の天使。ベッドサイドへしゃがみこむと、顔を覗くように近づいてさらににまにま。安らかな表情が言葉にするのも難しいほど愛おしいのです。

「名前…かわいい…」

ぼそりと呟いてみましたが、名前ちゃんは反応しません。高橋さんはごくりと喉を鳴らしました。この状況なら、もしかしたら何をしても起きないのかもしれない。悪い悪魔が高橋さんに囁くのです。

「名前、起きない…?起きない、よね…?」

高橋さんは名前ちゃんに問い掛けますがその瞼はしっかりと閉じられたまま。こっそりポケットからスマホを取り出します。こんな至近距離で名前ちゃんの寝顔を撮れるなんて思っていなかった高橋さんは緊張して手が震えてしまっていました。無音の部屋にカシャーッと響くシャッター音。さすがに起きたかと思ってドキドキしましたが、名前ちゃんは眠ったままです。

「か、かわいい…っ」

緊張でブレブレの写真を、何枚も撮りました。なんて無防備な表情、なんて可愛い寝顔。俺の天使はどうしてこんなに可愛いのか。高橋さんは舞い上がっていました。もっとすごいことをしても起きないんじゃないの?と悪魔の囁きが聞こえてくるようです。

「ねえ名前…触ってもいい…?」

聞こえていないのは分かっていますが聞かずにはいられない高橋さん。気持ち良さそうに眠る名前ちゃんの髪におそるおそる手を伸ばします。

「あ、あ…っ、」

ふわふわの髪の毛を指に絡ませると、それだけで高橋さんはドキドキが止まりません。かわいい、すき、だいすき、しあわせ、かわいい、ずっとこうしてたい、ほんとうにすき。単純な高橋さんは舞い上がってしまって幸せが溢れだします。ゆっくりと手を動かして頭を撫でると幸福感でどうにかなりそうです。高橋さんは、もっと、もっと、と名前ちゃんに近づくと、ベッドの上に膝を乗せ、顔を名前ちゃんへくっつけます。

「名前…っ」

柔らかな名前ちゃんのほっぺたが高橋さんのほっぺたに合わさり、もう死んでもいいかもなんて思う高橋さん。俺はこのために生まれてきたんだなあなんておめでたいことを考えます。ドキドキが鳴り止まない高橋さんは名前ちゃんの隣へ寝転ぶと、名前ちゃんの髪を撫でながら顔を首筋にくっつけました。すん、とにおいを嗅ぐと甘くて爽やかな香りが鼻を擽るのです。

「すき…っ、は、名前…」

高橋さんはすっかり夢中になり、名前ちゃんのにおいを嗅ぎました。寝ているときの高い体温も子供みたいで可愛いです。すん、すん、と鼻を鳴らしながら唇を首に触れさせると酷く興奮してきて高橋さんは息が乱れてきます。

「は、ぁ…っ、名前っ、すき、すきだよ…、かわいい…」

返事はないのですが一方的に気持ちを伝えないと溢れ出して苦しいのです。高橋さんは必死に、すき、すき、と繰り返して名前ちゃんの首筋にキスをします。白い首筋が誘っているように厭らしく、高橋さんは無意識に腰が揺れてしまいました。

「す、き…っ名前、かわいいっ、ぁ、だいすき、は、はぁ、すきだよ名前…なんでこんなに、かわいいの…っ、あ、あいして、る…」

名前ちゃんの寝息が高橋さんに掛かります。あまりの幸せに高橋さんはどうにかなってしまいそうです。名前ちゃんの髪は相変わらずサラサラでしたが、首筋は高橋さんの唾液ですっかり湿ってしまいました。尚も触ることをやめられない高橋さんは頭を撫でながら腰を振ってそれはそれは気持ち良さそうです。そんなことで性的快感が得られるとは思えませんが、名前ちゃんの寝顔は高橋さんにとって最高のご褒美なのです。

「あ…っすき、名前、ん、すきだよ、かわ、いい…っあっ、はぁ、名前…おれ、名前のことすごい、すき、で、はぁ、ん、名前、名前…っ」

高橋さんはズボンすら下ろしていないのにそのままびゅうううっと射精しました。最高に気持ちよく、そして幸福感に浸りながらの射精です。ぐちゅぐちゅに濡れてしまったパンツがちょっと気持ち悪いですが、射精してもまだ気持ち良さそうに腰を振っていました。一瞬も触っていないというのに射精をしてしまった高橋さんの腰はびくびく震えています。頭を撫でる手は心底愛おしそうに名前ちゃんの頬へ下りてきて、ふにふにと頬を遊びます。

「は…っ、名前、すきだよ…だいすき…、」

高橋さんはもう一度呟くと、体を起こして名前ちゃんの元を離れました。





朝起きると不自然に布団が乱れていました。少し不思議に思いながらも時計を見ると午前10時、少し寝過ぎです。名前ちゃんは慌てて起き上がると、スマホを操作して高橋さんへ電話をかけました。

「…はい」
「もしもし浩汰?ごめん寝過ごした!」
「っ…だい、じょぶ…」
「浩汰?」

毎朝一緒に朝食を食べているので今日は寂しい思いをさせたかな、と思って電話をしたのですが、電話口の高橋さんは少々様子がおかしいようです。声は暗く、元気がありません。名前ちゃんは眉をひそめます。

「浩汰、どうかした?」
「名前…っ」

ぐす、と鼻をすする音が聞こえて、泣いてるのかもしれないと名前ちゃんはギクッとします。高橋さんはメンタルが弱いのでたまにこうして落ち込むときがありますが、それは常に唐突であり理由が分かりません。今回もさっぱり分からない名前ちゃんは慌ててスマホを握り直します。

「ど、どうしたの?そっち行こうか?」
「こないで…おれは、もう…」
「なに?」
「お、おれ……名前は、俺のこと、すき?」
「…、は?」
「おれ、気持ち悪いから、そ、それで…っ」

何を当たり前のことを…。思わず口から出そうになりましたがそんな事実を言ってしまっては高橋さんが傷つくかもしれないので我慢です。大体見当がついた名前ちゃんはため息をつき、それから、あのさぁ、と呆れ気味に言葉を続けました。

「べつに、気持ち悪いのが浩汰だし、今更何とも思わないよ」
「え…、?」
「いや、え?じゃなくて。気持ち悪くても別にいいよ。わたしに対してだけでしょ?ならいいよ」
「そ、そんな…っ、おれ、ほんとに今回は…!」
「何をオカズに使ったわけ?洗濯機あさったならビンタで許してあげる」

大体高橋さんが勝手に落ち込んでいるのは名前ちゃんを性処理に使ったときです。お互いが気持ちよくなる行為ではなく自分だけが気持ちよくなる行為だと、性目的で付き合ってるわけじゃないのに勘違いされそうで嫌だ、と前に話していました。そんなこと思わないのになあ、こんなに気持ち悪いくらい好かれてるんだから疑うこともないのになあ、と名前ちゃんは思いますが、高橋さんは震える声で白状しました。

「その気はなかったんだけど、名前の寝顔見てたら、どこも触ってないのにイッてた…」
「…」

さすがに気持ち悪くなった名前ちゃん。ピッと通話終了ボタンを押してしまいました。え…?今とんでもないこと言わなかった…?ノータッチで射精できるの…?名前ちゃんは動揺し、通話終了画面を見つめます。しかも、寝顔…?体とかじゃないんだ?訳が分からない名前ちゃんはもう一度高橋さんに電話をかけました。

「こ、こうた」
「う…っく、ごめ、も、もうしないから…っすてないで、ください…っ」

開口一番泣き言を言う高橋さんにちょっと笑いそうになりながら、この子はどこまで気持ち悪いを極めれば気が済むんだろうと感心してしまいます。

「捨てないよ、ただちょっと引いただけ」
「ひ、ひいちゃった、んですか…?」
「何で敬語なの、しかも、何で引かれないと思ってんの」
「は、う…っいえ、ひかれても、いいです…っすてないで…」

必死に嗚咽を我慢する高橋さんが何だか可愛くて名前ちゃんは口角を上げてしまいます。この気持ち悪さ、実は少しだけ癖になるのです。

「捨てられたくないなら、ちゃんとわたし自身にも興奮してよ…」
「、名前」
「…今から、ベッドで待ってるから」

ピッと通話終了ボタンを押します。さあ何秒でドアが開くかなあなんて楽しみにしてしまう名前ちゃんもかなり高橋さんに毒されているのでしょうね。


END
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高橋さんは2秒後に来ました。
名前様、お付き合いありがとうございました。
20160814
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