あれから京はちょこちょこ店に顔を出した。がっつりシフト入ってるわけじゃないから研修もなかなか進まなくてまだ客は取れないし、それでも店長は京のことが気に入ったらしくてすげえ贔屓にしてる。京が店に来ると当然のようにあたしにサービスルームっていう一番でかくて綺麗な部屋に案内させるし。京はあたし目当てで来てくれてるみたいだけど未だにえろいことは一切なし。いつヤらせてくれんだろうな。
「じゃあ、いつものお願いできる?」
部屋に入るなり京がネクタイを外しながら聞いてきた。黙ってりゃかっこいいのにこんないい歳したお兄さんが風俗来て膝枕せがむなんて残念すぎるだろ。まあ可愛いからいいけど。
「ん、来いよ」
京をベッドの上に招き上げていつもの体勢に入る。体を丸めた京が気持ち良さそうに膝に擦り寄って目を閉じた。ほんと猫みてえ。
「京ってさあ、彼女いんの?」
「いないよ。いたらここには来てないし、名前のような子供に慰めてもらってもないよ」
「子供って…。別に慰めてねえんだけど」
「そうなの?いつも俺の頭一生懸命撫で撫でしてくれてるじゃん。可愛くて満たされるよ」
一生懸命って、何だそれ。
可愛いなんて慣れない言葉があたしをバカにしてるように聞こえてムッとした。京の頭から手を離してそっぽを向く。
「じゃあもう慰めてやんね」
「拗ねた?まあいいけど。ねえ、俺の彼女気になったの?」
「別に、話題がないから聞いただけ」
京がわくわくした視線を送ってくるのが腹立たしい。あたしの反応を楽しんでますって感じ。
「京寂しんぼだから、京の彼女は大変だろうなって思ったんだよ」
わざと刺々しい言い方をしたら京は一瞬目をしぱしぱさせて、それからにやっと笑った。あたしの服の裾を軽く握って自分の口許へ寄せる。
「そ、俺寂しんぼだから名前がずっといてくんないとだめになる」
こいつのこういうところがムカつく。こっちが嫌味言ってもさらっと躱すし、思ってもないことを平気で吐く。可愛いだの、傍にいてほしいだの、会うたびに毎回言われてる気がした。それが逆にそう思われてないんだと感じさせて無性に腹立たしくて、いつも可愛くないこと言っちゃうんだけど。
「ふうん、まあ京に構えるのだって今のうちだけだけどね。もしかしたら明日から客取るようになるかもしんねーし」
「明日?」
今日も例外なしに可愛くない返し。それをからかうでもなく京は真剣な顔で聞き返してきた。
「明日予約が少ないからやっと店長との時間が取れるんだよ。そこで店長のをしゃぶって、客取ってもオッケーって判断されたら明日から働けんの。あたしフェラ得意だから自信あるんだ」
ふふん、と自慢気に語ると京は何も言わずにじっとあたしを見た。何だよ。何を訴えたいのかさっぱり分からない。
「どうしたんだよ」
素直に聞いたら京は体を起こした。まだ時間じゃねえのに何だって言うんだ?
「お金が欲しいの?」
「は?」
「お金が欲しいからここで働いてるんだよね?」
京が無表情すぎて意図が見えない。ぽかんとしてたら京がサイドテーブルに手を伸ばす。
「…コスプレ」
「は、あ?」
「目隠し、手錠、撮影、アナル、玩具、自慰…」
京が手にしたものはオプション一覧表だった。すらすらと次々にオプションが読まれてってわけがわからない。どうしたんだよ、と声を掛けてもやめてくれない。
「なぁ、京…」
「ここに書いてあるやつ全部つける。30分毎の延長も使って今日は最大時間までいる。泊まってもいい」
「だからどうしたんだよ」
「そうすれば名前にいくら入る?1日の稼ぎにしては少ないか?」
京が苦しそうに眉を歪めた。なんつー顔してんだよ、何であたしをそんな目で見るんだよ。まるで悪いことでもしてるみたいじゃん。あたし、何か京に悪いことしたのかよ。
「な、なぁ、何に怒ってるかわかんねえけど、膝に寝転べよ」
「名前、」
「怖えんだよ、あんた」
動揺して視線が落ち着かないし京の顔が見れない。あたしが責められてるみたいで、こんな店でこんなことしてって言われてるみたいで怖かった。京はあたしに幻滅したかと思うとすげえ怖かった。
「…名前は、俺とこうしてるだけじゃ嫌か?」
京が考えてることは常に分からないけど、今日が一番分からない。何だよ、ここそういう店じゃん、何でいけないんだよ、しない方がおかしいのに、何でそんな顔でそんなこと聞かれなきゃいけないんだよ。手が震えてくる。
「意味わかんねえよ…こうしてるだけじゃ、逆におかしいだろ」
「そっか…」
「な、何だよ、京は、ずっとこれだけのつもりなのかよっ」
京の悲しそうな目が細くなってって無理矢理笑ってるみたいに引き伸ばされる。眉が歪んでて相変わらず苦しそう。
「俺はそれでも満足だったよ」
京がベッドからおりていった。何だよ、帰る気なのかよ、まだ時間たくさんあんのに、さっき延長もするって、泊まってもいいって言ったくせに。ネクタイをつけて、ジャケットを持って、京があたしに背を向けた。なぁ、ほんとに帰るのかよ。
「京、やだ…」
「ごめんね」
「やだ…やだ、やだ!」
慌ててベッドからおりて京の腕を掴んだ。京がびっくりしたような顔をしたけど、その後にそっとあたしの手に自分の手を重ねてくる。
「ほら、離して」
「やだって言ってんだろ、だって、あたしまだ京と何もしてない、なのにこれで終わるのかよ…?なぁ」
「名前は俺とじゃなくてもいいんだろ。それに、俺はこれ以上名前に求めることは何もない」
少しの間、京があたしに優しくしてくれて、あたしの話を聞いて笑ってくれて、甘えてくれて、甘やかしてくれて、あたしは京に認められてるって舞い上がってたのに、必要とされてるって思ってたのに、勘違いだったのかよ。あたしに求めることがないって何なんだよ。えろいことしか取り柄がないのに、何で奪うんだよ、何で褒めてくんねえんだよ。
「何一つしたいと思わねーのかよ…」
泣きそうな声だった。京が困ったように笑って、あたしの頬を手で包む。上を向かされると京の綺麗な目と目があって、それがだんだん近づいてきた。
「っ…」
ちゅ、と湿った音がしたと思ったら京はそれだけで顔を離した。一瞬だけ重なった唇が熱くて、柔らかくて、それから、京が泣きそうな顔をしてた。悲しそうで見てられない。
「じゃあ、これだけもらっとく」
「…」
「もう行くね。橘さんと話があるから」
京は鞄を手に取ると、いつものようにあたしに札束を握らせた。いつもの倍くらい厚みがある気がする。
「け、けい…」
「泣くなよ」
いつものようにまた来るよとは言わなかった。あたしの頭に一瞬手のひらを乗せて、それだけ。静かに閉まるドアを眺めることしかできなかった。
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切ないのムズムズするのでえろを書きたくなりますね。
20160726
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