「お前昨日のお客様に何したんだ?」
「は?」

次の日夕方、普通に出勤してきたあたしに店長が真っ青な顔で問い詰めてきた。呑気なあたしは昨日は付けてなかったはずの胸元のネームプレートに気づいて、ふうん、こいつ橘って名前なんだ、なんてどうでもいいことを頭の片隅で考える。

「まさか本番をしたんじゃないよな」
「ほんばん?」
「本番って、ほらだから、セックスだよ!挿入!」

あまりにも必死に問い詰めてくるからぽかんとする。何かいけないのか?

「セックスしたらだめなのか?」
「まさかほんとにしちゃったのか…来店時もなかなか引き下がらないから怪しいと思ってたんだ…こんなことになるなんて…」
「いやセックスしてねえけど、したら何か問題があんのか?」

えっ、と短く声が返ってくる。店長の顔がみるみる明るくなってって忙しい奴だ。あたしの手をがっしりと両手で掴んできた。

「し、してないの?」
「してねえよ、つーか何もさせてもらえなかった」
「何も?じゃあ何してたの?」
「膝枕して喋ってた」
「ひざまくら?」

店長の声が裏返る。まあ普通の反応だよな、やっぱあいつがおかしいんだ。吹き出しそうになるのを堪えてるような店長の顔がうざくて掴まれてた手を振り払った。

「それで、何でセックスはだめなんだよ、ここえろいことしていい店だろ?」
「うちの店は本番は厳禁なの!1回させちゃうと他のお客様も嗅ぎ付けてくるから絶対にだめ!お前も今後これだけは覚えておけよ」
「んああ、マジかー…」

セックスが一番得意だったのにな。残念がるあたしを置いて店長が、じゃあなんだろー、と声を漏らして考え込むように顎に手を当てていた。

「どうしたんだよ」
「いやぁ、昨日の料金なんだけど、あの人かなり多めに置いてったんだよ。ただ多く支払ってくれただけなら嬉しいけど、何かの代償として払ってったんならちょっと怖いよなってこと」
「ああそれで…あたし札束初めて持ったよ」
「あの人お前に何か言ってたか?」
「いや特に何も。多めにくれただけじゃねえの?あたしが可愛かったからとか」
「こんな口の悪い子とのお喋りで、俺だったらあそこまで金出したくないけどな」
「うるせーよ」

店長はにまにま笑いながらご機嫌そうに裏へ入って行こうとする。受付の仕方すら教わってねえんだからあたしをひとりにするなよな。

「橘」

呼び止めようとしたら店長があたしの頭をバシンと叩いた。軽くだけど。

「お前な、さんくらい付けろ。てか店長って呼んでろ。生意気だぞ」
「痛ぇな、いいだろ別に。それよりいつ研修とやらをするんだよ」
「あー、今日も予約多いからパス。お前は今日も受付突っ立ってて金持ち男を引っ掛けとけよ」
「何だよそれ…」

働かせる気ねえだろ、つまんねえな。店長はそれだけ言って裏に行っちゃった。まあ予約の時間にならなきゃ客も滅多に来ないしひとりでここにいてもいいけどさ。

「早くヤりてえ…」

ぼそ、と呟いたけど頭の中に浮かんだのは京の顔だった。あいつ、そういやすぐ来るって言ってたけど次はいつ来んだろ。それまでに研修終わってたら昨日よりもっとすげえことしてやれるのにな。あいつと話してんの結構楽しかったけど、やっぱえろいことして褒めてもらいてえもんな…。京のことが謎に気になって、時間が過ぎるのがめちゃくちゃ遅く感じた。



****



深夜。
予約の客が2、3人一気に入ってきて、そういや今からがラストの時間か、なんて考えてた。京は来なかったし、あたしも研修できなかったし、店長はアダルトサイト漁ってるし、はー、ほんとだりい。受付突っ立ってて給料もらえるならいいかもしんねえけど、やっぱヤりてえよ。唇を尖らせて受付の椅子に腰掛けたら、そのときドアがウィーンと開いた。予約客もう全員受付したんだけど…。

「っしゃいあせー」

めんどくさくてのろのろ立ち上がると、そこには黒髪眼鏡、そんで昨日とは違うスーツを着てる京が立っていた。申し訳なさそうにちょっと笑ってる。

「ごめん、ギリギリになっちゃった……予約してないけどもう埋まってる?」
「マジで来たのあんた」
「あ、名前覚えてない」
「けーい。しつけんだよ」

あたしは裏に向かって声を張った。

「店長ー、あたしも客取っていいかー!?」
「はあ!?だめだめだめ!」

慌てて受付へ走ってくる店長。京の顔を見るとバッと目を見開く。

「どうも…」
「昨日のお客様!いらっしゃいませ!」
「えっと…昨日みたいに2時間彼女をお借りしたいんですけど、だめでしたか?」
「いえ!どんどん借りてください!さあどうぞ!お客様のためなら何時間でも!」

適当なこと言ってんじゃねえぞ、と思ったけど言わないでおいた。もしかしたら金さえ払ってもらえたら営業時間無視にほんとに何時間でも貸し出されるのかもしれない。この店長ならあり得そうでごくりと喉を鳴らす。

「んじゃ部屋行くか、京」
「うん、宜しくね」

今日空いてる部屋は狭いけど一番雰囲気のある部屋……というか、SMとか好きそうな奴が指定するような部屋だった。京ってこういうの興味あんのかな。

「じゃあシャワー浴びてくるけど、」
「シャワーはいいよ。そういうことしに来たんじゃない」

京はまたそんなことを言ってひとりでベッドに向かう。昨日と違うことしないのか?

「何でだよ、こういう部屋興味ない?」
「ん?まぁ凄そうだなとは思うけど…俺にそういう趣味はないよ。それにどんな部屋でも関係ないし、そういうのを求めてるわけじゃないからね」

京はジャケットを脱いでネクタイを外す。昨日と一緒。それからベッドに浅く腰掛けて、あたしを上目に見つめてきた。

「名前、おいで」
「あぁ、うん」

ほんとに同じ事をする気なのか?あんな大金払って?京のことが理解できなくてひたすら困惑する。京の隣に腰掛けたら京がもそもそベッドの上に体を上げて横になってきた。あ、やっぱするんだ、膝枕。

「仕事だったの?」
「そう、終わる時間予想つかなくて予約できなかった」
「そっか、お疲れさま」

京の髪を撫でてやる。さらさらで柔らかい髪の毛。京は気持ち良さそうに目を閉じて昨日みたいに丸くなりながらあたしの膝に顔をくっつける。黒猫っぽい。

「名前もお疲れさま、今日は何してたの?」
「何も、まだ客取れねえしずっと受付で暇してたよ」
「そっか、そりゃ良かった」

京が可笑しそうに笑った。形のいい唇が弧を描いて綺麗な白い歯が覗く。パーツひとつひとつが整ってるからまじまじ見るとかなり綺麗な顔してんな、こいつ。

「あんた何歳なの?肌も綺麗だね」
「ありがとう、俺は女の子じゃないからもっと違うところを褒められたいけどな。何歳に見える?」
「いや女かよ」

おばさん達がよくする、ありきたりな質問で返される。大人っぽいと言えば大人っぽいし、人懐っこい笑顔が幼いと言えば幼い。うーん読めないな。

「わかんねえけど、20代後半から30代前半って感じ?」
「俺が30代前半に見えるのか?30までなら許すけど」
「20代なの?」
「うーん」

京はちょっと考えるように唇を尖らせるけどすぐに首を振る。

「いや、いい、任せる。30にしよう」
「30にしようじゃなくて何歳なんだよ」
「何歳でもいいだろ、俺にそんなに興味湧いちゃった?」

嬉しそうににまぁと笑う京。なんて憎たらしい顔だ。チッと舌打ちをして見せたら京は可笑しそうに喉を鳴らしてあたしの手を握ってきた。

「それより名前の話をしよう。またいろいろ聞いてもいい?」
「ん、まあ、いいけど」

こいつと話すのは嫌いじゃない。すらすらと次々に話題をくれて、それを膨らませてくれるのも上手い。あれこれ無遠慮に聞き出してくるわけじゃなくてあたしが話したいペース話したいことをひとつずつ丁寧に聞いてくれる感じ。相槌のタイミングが心地好い。

「ふふ、それ本当にあったのか?」
「あったんだよ!マジでびびった!」

所々笑ってくれて、リアクションを貰えるのが素直に嬉しい。こんなにゆっくりひとと会話することもあんまなくて、あたしがここにいることを認めてくれるようで嬉しかった。あたしと話してる京は心底楽しそうでにこにこしながらあたしを眺めてくる。あたしはたまに京の頭を撫でながら、途切れることもなく口を動かした。

今日も2時間がめちゃくちゃ早かった。

受付で暇してるときは2時間がだらだら遅く感じたくせに京といると一瞬だ。タイマーが鳴って京が名残惜しそうに体を起こす。

「もう時間なんだな」
「何で名前が寂しそうな顔してるの」

京があたしの頭を撫でる。さっきまで散々撫でてやってた奴に頭を撫でられるのは妙な気分で、交代とばかりに髪に指を絡めてもう片方の手で頬を撫でてきた。

「してねーよ、ガキ扱いすんな」
「俺からしたら子供だから甘えてきていいよ」
「誰が甘えるか」

京はあたしを抱き寄せて肩口に顔を埋めた。あったかくて何か安心する。こんなに優しく抱き締められたのがいつぶりか思い出せなくて、戸惑いながら京の背中に手を回した。よしよし、と尚も頭を撫でてくる。

「なぁ京、今日も何もしなかったけどいいのか?」
「膝枕してもらったよ」
「そうじゃなくて」
「十分癒された。さぁ帰るか」

温もりが離れてく。京の大きな手があたしの頭の上で2回バウンドして京はベッドからおりていった。背を向けられるのが少し寂しい。

「じゃあ今日の分だけど」

ネクタイをつけてジャケットを羽織った京があたしに札束を握らせてきた。昨日と同じくらいある、ような気がする。

「今日は2時間だけだろ?いいよこんなに」
「予約してなかったから。いいから受け取って」
「ふうん、まああたしはいいけど…」

何もしてないのに、と思っちゃう。でも言ったらまた京が困ったように笑うだろうから何も言わないでいることにした。素直に受け取る。

「さんきゅ、じゃあ貰うわ」
「うん、また来るよ」
「おー」

京が最後にあたしの頭をくしゃっと撫でて、柔らかく笑ってから部屋を出ていった。ほんと謎な男だ。そんなわけわからん男と2時間ずっと喋りっぱなしだったあたしもまあまあ謎だ。けど、何だか楽しかったな。

「また来る、か」

ぼそっと溢れた自分の声は、遠足を楽しみにしてる子供のようだった。


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京さんには性欲がないのでしょうか。
20160726
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