別に金が欲しかったわけじゃない。あたしにはこれしか取り柄がないからこういうところなら自分が求められてるって思って興味が湧いただけ。何をしてもだめなあたしが、ここでなら必要とされるんじゃないかって思い付いただけ。だから初日からバンバンしゃぶって褒めてもらって、元彼達に才能あるって言われたセックステクニックで客をがっつり集めたかったのに。

「けんしゅう〜?」

眉を顰めるあたしに店長はにっこり頷いた。

「いいよ、あたし上手いし」
「そう言われても、一応どのくらい上手いのかもチェックさせてね。それからサービス業だからさ、マナーとか流れとかも覚えてもらわないといけないし」
「へ〜そう…いつから働けんの?」
「それは個人個人で違うよ。俺がお前をお客さんとふたりきりにしても大丈夫だって判断したらかな」

ふうん、結構厳しいんだな。文句言ってクビにされても困るし、短く返事だけすると店長が苦笑いを見せてくる。

「大丈夫、きっとそんなにかからないよ。すぐ稼げるようになるからね」

別に稼ぐ稼がないはどっちでもいい。ただヤってイかせて褒められてまた指名してほしい。そんだけ。言う必要もないから言わないけどね。

「じゃあとりあえず流れってやつから教えてよ」



****



まだ昼だってのに大忙し。と言ってもうちの店は人が少ないだけなんだけどね。ほんとは初日に店長のをしゃぶってテクを試されるらしいんだけど今は店にふたりきりだから流れを説明されながら頬杖をつく。

「ここは予約制だから急に来るお客さんはかなりの常連さんじゃなきゃ受け付けないんだよ」
「へえ〜ケチんぼだね」
「人が足りないだけだから」
「あっそう」

髪先を眺めて枝毛を探してたらお店のドアがウィーンと開いた。今人いないのにわざわざ来店?予約なら電話使えよ。

「いらっしゃいませー!」

隣で店長がおっきい声出すからびびる。入ってきたのは眼鏡を掛けた長身の男。スーツを着てるくせにこんな時間にこんな店来んのかよって一瞬思った。綺麗な黒髪をしてんのもまた真面目な印象を与えるっつーか、あんまりこういう店似合わない気がするけど、こんな人も来るんだなあ。

「こんにちは、今入れますか?」

上品で優しそうな声。こういう奴ほど喘がせてみたいな。

「失礼ですがご予約はされていますか?」
「いえ、していません」
「でしたらご予約からお願いします。ここ、完全予約制なんですよ」

申し訳なさそうな顔を作る店長に、男もしゅんとした。困ったように眉が下がっている。

「隣にいる方は空いていないんですか?」

男はあたしを見てそう言った。あたしに相手しろって言ってんの?したい。

「空いてるよ」

あたしがそう言ったら店長が笑顔のままあたしの腕をとんと叩く。いーじゃんかよ。

「生憎ですがこちらの者は研修中でして」
「構いません」
「いえいえ…まだお客様を満足させることは難しいかと思いますので…」
「こちらの最大利用時間は何時間ですか?」
「は?」

男が引き下がらないから店長の表情が厳しくなってってる。唐突な質問に「は?」とか言っちゃってるし。

「通常プランですと8時間、スペシャルプランですと12時間ですが…」
「じゃあ12時間の倍のお金を払います。2時間で構いません」
「えっ?」

店長の目が輝いてる。いいんですかとばかりに身を乗り出していて、ちょっと落ち着け。なぁ、と小さく声を掛けてやるとハッとした顔であたしを見た。

「ですがお客様…やはりまだこの者は…」
「何で?やるよ」
「お前はまだ流れとか分からないだろ」
「大丈夫だって、手短に教えてくれたら上手くやるし」
「でも、お客様に敬語も使えないだろ」
「うるせーよ」

ごちゃごちゃ言い合ってたら男が小さく笑う。

「是非お願いします。部屋お借りできますか?」



****



部屋に入ったらまずシャワー。お互いの体を綺麗にしてから行為に及ぶこと。
って紙に書いてあった。説明する暇ないからこれ読んで、とさっき店長に手渡された手順書だけど結構細々書いてあってうざい。部屋の鍵を閉めてから男に向き直る。

「じゃあシャワー浴びるけど、あんた先入る?」
「いや、シャワーはいいよ」
「いいよじゃなくて、浴びんの」
「そういうことをしに来たんじゃないからいいんだよ」

は?何言ってんのこいつ。
頭にハテナを飛ばしてるあたしを置いて男はさっさとジャケットを脱いでネクタイを外す。ベッドの上に浅く腰掛けた。

「ほら君もおいで」
「あぁ、うん」

わけがわからない。そいつの隣に座ると、男が優しく頭を撫でてくる。

「君、名前は?」
「名前」

慣れた手付きだな、と思ってたら咄嗟に本名を答えちゃって顔がサッと青ざめた。手順書にも源氏名使えって書いてあったのにしくった。げえ、という顔をしていたので男がくすくす笑ってさらに髪を触ってくる。

「名前ね。他のお客さんには教えちゃだめだよ」
「うるせーな偽名だよ」
「おや、それは残念」

男が嬉しそうににこにこするから居心地が悪かった。何で笑うんだよ、何で頭を撫でるんだよ、こいつ溜まっててここに来たんじゃねえのかよ。ムカつくから男を睨んでやった。

「あんたは?名前なんてゆーの」
「興味持ってくれるの?」
「ちが、名前聞いといた方が呼びやすいだろっ」

いちいちムカつく言い方する奴だ。

「けいだよ。京都の京の字でけい。ちょっと待って……はい」

男は名刺入れから1枚取り出してあたしに差し出してきた。【五十嵐京】って書いてある。

「へえ、かっこいい名前じゃん」
「ありがとう。名前だけね」
「何言ってんの、あんた結構いい顔してるって」

お世辞とかでなく本当にいい顔してるから言ったんだけど男は顔色ひとつ変えない。

「あんたじゃなくて、京。ちゃんと呼んで」
「え、はあ?」
「呼びやすいから名前聞いたんでしょ?京って呼んでよ」

変な奴だ。何考えてるか分からなくて戸惑う。京がじっとこっちを見つめてくるから何だか恥ずかしくて目が合わせられない。

「るせぇな、指図すんなっ」

ぷいっと視線を逸らすと京が小さく笑った。またあたしに手を伸ばして頭を撫でてくる。

「なぁ、あんた2時間もお喋りしに来たのかよ」
「京」
「あーもう、京は喋りに来たの?」

こいつ本当にしつこいな。苛々するとただでさえ悪い口調がさらに悪くなるから苛々させないでほしい。

「うーんそうだなぁ、それでもいいよ」
「どういうこと?」
「別に何もしなくていいんだよ。ここにいてくれたらそれでいい」

やっぱり変な奴だ。どういうことかさっぱり分からない。でも、12時間の倍の料金で2時間だけだろ?こいつ大損じゃん。可哀想。

「何かしなよ」
「何か?」
「うん、何かしねーともったないし」

京が、というよりあたしが何かしたかった。確かにこいつから性欲は感じられなかったけど、それでもこういう店に来たってことは何かしたいはずでしょ。言うのが恥ずかしいのか?

「何でもいーよ、手でも口でもするし、他にやりたいことあんならそっちでもいい、何がいい?」
「じゃあ、…ひざまくら」
「は?」
「…だめ?なら、いい…」

京が恥ずかしそうにボソボソ言った。膝枕。風俗にまで来て、膝枕とか言うか普通?いや絶対変わってるし普通じゃない。

「いや別にいいけど…あんた変な奴だな」
「うーん、名前呼んでもらうのもオプション料金が必要なのかな?」
「はいはい呼べばいいんだろ、しつけえなほんと」

京は嬉しそうに笑って、ベッドの上で横になった。あたしより随分年上に見えるけど笑顔は何だか幼く見える。ほら、と膝を向けると京がおずおずとあたしの膝に寄ってきた。

「じゃあ…失礼します」
「おー」

京の頭があたしの膝に乗る。お、おおぉお。なんつーか、膝枕なんて初めてやったから感動。体を丸めて膝に顔くっつけて、ちょっと戸惑ったようにあたしを見上げる。何だよこいつ可愛いじゃん。自然とにやけたあたしを見て京がびっくりしたように目を動かした。

「何で笑ってるの?」
「いや、丸まってる京が猫みたいで可愛いなって」
「俺が猫?面白いこと言うね」
「そうかー?撫でてやるよ」

京の頭を撫でてやると数瞬戸惑ったように視線を揺らしてたけど、その後すっと目を閉じた。綺麗な肌してんなあ。

「名前の手は優しいね」
「は?どういうこと?」
「何だか安心するよ。また来てもいい?」
「べつに、好きにしたら」
「うん分かった」

京は気持ち良さそうに微笑みながら目を閉じたまま喋る。寝るのかなと思ったけど眠る気もないみたいであたしのどうでもいいことをあれこれ聞いてきた。あたしの話なんか聞いて何が楽しいんだか知らないけど京はうんうんと聞いてくれてたまに笑ってくれる。あたしは京の頭を撫で続けて、2時間なんてあっという間に終わっちゃった。京が起き上がって身支度を整えるのを少し寂しいなんて感じながら眺める。

「今日はありがとう」
「いや別に……つーかあんたほんとにこれで良かったの?抜くなら今からでもパパっとしてやるけど」

あたしがそう言うと京があたしの頭に手を乗せた。

「次来るときまでにはちゃんと名前を覚えてくれよな」

じゃあこれ、と札束を握らされる。こ、こんなに。こんなの見たことねえし、12時間の倍ってこんな額なの?ぽかんとしてたら京が部屋を出てこうとしてた。

「またね、名前」
「は、あぁうん」

ずっしりと、手のなかが重たい気がした。あたしはこんな札束もらうようなこと何一つしてあげられなかったのに。京が何の目的で来たのかさっぱり分からなかったけど、フェラどころかキスすらしてねえのに。ドアが開いて、京が出ていっちゃう。


「け、けい!」

慌てて呼び止めると不思議そうな顔で京が振り向いた。別に何も言うこともなかったし、引き止めたかったわけでもなかったのに、勝手に口が動いて自分でもびびる。しかも止まらない。

「また、来いよ」

届いたか分からないくらいの声が漏れる。寂しいのが溢れ落ちるみたいに、すがるような声。こんな声が出るんだななんて自分で感心してたら京がにやっと笑ってくれた。

「すぐ来る」

ぱたん。ドアが閉まる。あーあ、何だったんだ、本当に変な奴だった。何しに来たんだか結局わかんねえし、あんなに誰かとじっくり話したのなんて久しぶりだし、あいつ、あたしの話に笑ってくれて、なんか擽ったくて、ほんと変な奴だよ。膝の上がまだぬくい気がする。次いつ来んだろ、なんて今さっき出てった客に思うことじゃないかもしんないけど止めることができなかった。京って、ほんと変わってて面白い奴。


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京さんが置いていったお札は予定料金よりだいぶ多かったみたいですよ。
20160725
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