真白くんが真中くんと一緒にいるところを見るのはこれで二度目。確率としてはとっても低く、周りでも意外な組み合わせと言われている。遠くからだとよく聞こえないけど、何だか喧嘩をしているみたいだ。真白くんは穏やかで優しくて、怒ったところを見たことがない。今回も真中くんが一方的に怒鳴り、それを真白くんが宥めているように見えた。

「今日は帰らねえからな!」

真中くんの怒鳴りがこちらまで飛んでくる。お腹の底から声が出ているようなそれにびっくりして咄嗟に隠れると、話は終わりだとばかりに大股で真白くんから離れていく真中くんがわたしに気付かず素通りしていった。何をそんなに怒っていたのだろうか。耳に開いた複数のピアスにも怯えて息ができないでいると、突然背後からぽんと肩に手を置かれる。

「っきゃあ!!!」
「覗き見?」

後ろを振り向くと、真白くんが優しく微笑んでいた。びっくりして目が飛び出そうなわたしを笑い、その衝撃で落としてしまった荷物を拾ってくれる。

「の、覗きじゃないよ…!ただ偶然見掛けたから、その…、」
「ふうん。真中があれだけ大きな声を出してたら目立っちゃうよね。最近すごく短気だし、きっと反抗期なんだろうね」
「反抗期? 兄弟にも?」
「うん。両親は勿論、兄さんにもそうだよ」

兄さんというのは、真白くんのご兄弟の1番上の真人様のことだ。噂で聞いていたときは何で様付け?と思っていたけど、初めて会ったときに妙に納得してしまうような雰囲気を感じてから、わたしも真人様と呼んでいる。真白くんと真人様はとっても仲が良いんだけど、真中くんとは上手くいかないらしい。

「真白くんや真人様みたいに優しいお兄さんがいたら、わたしは嬉しいけどなあ」

ぽそりと呟くと、真白くんが小さく笑う。

「僕たちが優しいの? そう、おまえにはそんな風に見えてるんだね」
「え?」
「兄さんも僕も、そんなに優しい方じゃないんだよ」

真白くんはとっても優しい男の子なのに、どうしてそんなことを言うんだろう。兄弟は勿論、知らない人にも優しくて、その物腰柔らかな口調と心が絆されるような笑みで王子様とまで呼ばれているのに。真白くんは陰で王子様って呼ばれていることを知らないのかもしれない。教えてあげようかと思って口を開く。

「でも、真白くんは一部の女の子達に王子様って、」

とん、と唇に指を置かれ、言葉が遮られた。訳が分からず瞬きを繰り返すと、真白くんはゆっくりと歩き出すので慌てて後を追い掛ける。

「じゃあおまえは、本当に優しい王子様が好きな女の子を泣かせると思ってる?」
「泣っ…!?」
「行こう、名前」

わたしの泣き顔に堪らなく興奮してくれる真白くんは、確かに王子様らしからぬ顔でわたしを見下ろすことがある。とびきり甘く、とびきり優しい真白くんの、わたししか知らない意地悪な笑い方。思い出すだけで顔が火照りそうで、わたしは真白くんに置いていかれないように小走りした。


 * * * 



真白くんの趣味のひとつは、読書だ。色白で艶やかな黒髪、清潔感のある爽やかな服装から、本当によく似合うなあと感心する。たまに英文の小説なんかも読んでいるみたいだけど、英語が得意でないわたしにはついていけない世界だ。それでも真白くんはわたしを連れて図書館に来る。駅近くにある市営の図書館は夕方になると人がいなくなるのでほとんどわたしたちの貸し切りでちょっぴり嬉しい。

「これ知ってる? 随分前に映画になったホラー小説。僕は観に行かなかったけどレビューは良かったみたいだよ」
「ホラーは観ないからわかんない…」
「そっか」

たまにこうして映画化された話を交えてわたしに本の紹介をしてくれるけど、わたしを気遣ってか大体日本のものだ。真白くんが本当に好きなのは外国の作家さんだし、真人様とよく観に行っているのも洋画ばかりだと知っている。こういう小さな優しさにもきゅんとするわたしは単純だろうか。

「真人様と本当に仲良しだね」
「否定はしないけど、趣味が合うだけだよ。兄さんは映画のときしか僕に寄り付かない。何でかわかる?」
「ええっと、真冬くん?」
「正解。真冬以外に構う時間が惜しいんだよ」

くすくす笑う真白くんは本当に綺麗で美しい。末っ子の真冬くんを溺愛する真人様が可笑しくて仕方ないらしく、こうして時々笑いながら話してくれる。この笑顔を見るたびに見惚れてしまうのは、付き合い始める前からのことだ。

「名前?」

名前を呼ばれてハッとする。真白くんの顔をじろじろと眺めてうっとりしてしまっていた。慌てて視線を逸らしても真白くんからの不思議そうな表情は消えない。

「き、綺麗だなと思って。やっぱり真白くん家の兄弟は皆綺麗な顔をしてるよね」
「ふうん? 綺麗?」
「真中くんもさ、ほら、さっき見たけどとっても…」

我ながら誤魔化しが下手なのかもしれないと思って言葉を止めると、持っていた本を棚に戻しながら真白くんが笑顔を消す。

「真中はモテるからね。女の子の扱いも慣れてるし、派手だから。僕とは似てないでしょ」
「えっ、そうかなあ? 確かに真中くんは派手だけど、顔はやっぱりそっくりだと思うよ。」
「同じ顔が好きなら、おまえも真中にしたら良かったのに。もっと可愛がってもらえたかもしれないよ」

真白くんが溢す冗談に胸が痛んだ。わたしは真白くんが好きなのに。真白くんの顔が好きなんじゃなくて、真白くんが、真中くんとは全然違う真白くんが好きなんだよ。派手で人懐こい真中くんと、穏やかで真面目な真白くんじゃあ全然違う。どうしてそんなことを言うのか不安になって真白くんの袖を掴んだ。

「ま、真白くん、いやだよ」
「え?」
「別れないよね……?」

わたしが厄介になったのか、飽きてしまったのかと、マイナスなことを考える。真中くんに興味を持たせて身を引かれてしまったら、立ち直れない。真白くんはわたしをじっと見つめ、両手でわたしの頬を包んでくれた。

「うん、別れない。…つまらない冗談だよ」
「よかった……」
「子供っぽかったかな。ごめんね」

こつんと額をくっ付けられる。何が子供っぽいのか意味が理解できないままいると、真白くんはそのまま唇にキスをした。ちゅっ、と一瞬だけ重なる感触。

「!」
「ふふ、かわいい」
「ま、真白くん…!ここ図書館だよ!」
「でも誰もいないでしょ。それに名前が静かにしていれば気付かれない」

ね、と笑う真白くんに心臓がばくばく跳ねる。静かにしていればということは、わたしが声を出さなければということ。つまりそれは、わたしが声を出すようなことを、この場所で…。視線を床に落として顔を真っ赤にすると、真白くんはくすくすと笑ってわたしから少しだけ離れてしまった。

「何を期待してるの? ここでするわけないでしょ」
「えっ!?」
「今日はこれを借りていこう。僕が追ってるミステリー作家のひとりなんだ。これは新作じゃないけど、なかなか面白くてね」

真白くんは目当ての本を手に取ると、わたしを置いて歩いていってしまう。勝手に妄想を進めた自分が恥ずかしくて真白くんを追っていけない。なんて強欲ではしたないんだろうか。それでも真白くんは、そんなわたしを可愛がってくれている。

「ほら、行くよ。忘れ物ない?」
「もう借りてきたの?」
「おまえがぼうっとしている間にね。何で赤くなっていたのか聞いてあげないといけないから、早く帰らないと」

真白くんがわたしの手を取り、指を絡めた。甘い雰囲気のそれとは違う、逃がさないという意志が感じられる繋ぎ方。ますます恥ずかしくて手を離そうとしても、真白くんは許さない。

「や、やだ…、言いたくないよぉ…」
「恥ずかしがらなくていいよ、僕がおまえをそうしたんだから。それに、言ったらその通りに好くしてあげられるかもね」

真白くんの言葉はまるで麻薬のようにわたしの膣内を疼かせる。どうしようもなく恥ずかしいのに、期待してずくずくと濡れていくのを抑えられない。引かれるように誘導され、わたしは漸く歩き出した。これからこの美しい王子様に犯されるなんて、周りの人は想像し得ないことだろう。

END
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真中くんにちょっぴりヤキモチ真白くん。兄弟が多過ぎて自分で書いていても混乱します。名前様、お付き合いありがとうございました。
20190128
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