店内に並ぶ雑誌に載っているモデルよりもずっと整った顔を見つけて、思わず駆け寄る。真人様は気まぐれだから呼び出してもらえる頻度は多くはない。こうして偶然外で会えるだけで嬉しくて自然と体が動いてしまうのだ。

「まひっ…」

声を掛けようとして、その場に固まる。わたしの声に反応したのか真人様がこちらへ視線を遣るものの、目が合ってもわたしは地面に縫い付けられたかのように動けなくなってしまった。真人様の隣には、男の子が立っていたのだ。

「…あぁ、名前も来てたんだ」

にこ、と笑い掛けてくれる真人様。普段は全く呼んでもらえない名前に、全く向けてもらえない表情、わたしはその不機嫌極まりない真人様にサァッと血の気が引いてしまう。きっと今、とても怒っている。笑い返すこともできずに足を一歩引くと、真人様は距離を詰めるかのように一歩わたしに近付いた。真人様の一歩は大きい。

「何買うの?」
「え、あ…、前に映画化された本を…今更ながら読んでみようかと…」
「あぁ、これね。こっちもまあまあ面白かったよ」
「ほ、本も、読むんですね…」
「まあそれなりに。真白に勧められるんだよ」

だめだ、動揺してしまう。カラカラに渇いた喉が張り付いて声が出しにくい。手にしていた本を抱えるように両手で持って視線を落としてしまうと、真人様は更にわたしと距離を詰めて「出版社どこだっけ」と言ってから裏表紙を見る振りをしてわたしの耳許に唇を寄せる。

「下手なこと言うなよ」

それはとてもとても低い声だった。
背筋を這うような重たいトーンにゾッと鳥肌が立つ。真人様の小さな呟きがこんなにもわたしの鼓膜を揺らし、全身から汗が噴き出させるのだ。泳いだ視線が次に捉えたのはふわふわの茶髪を毛先だけ遊ばせる、色白の男の子。会うのは初めてだけど、この子はきっと。

「そうだ、真冬、挨拶しな」

真人様の言葉に、彼は少し戸惑いながらわたしにぺこりと会釈をする。やはりこの子が真人様が溺愛している御兄弟、真冬くんなのだ。

「初めまして、鹿子木真冬です。兄ちゃんがいつもお世話になってます」
「はは、俺が世話になってるのかよ。ほら名前も」
「あ、はい、初めまして…、苗字名前です、実はわたしの方が大変お世話になっています…」

何を正直に話しているのか、わたし自身分からなくなり頭が真っ白になる。真人様の宝物であり地雷源。逃げられるものなら今すぐここから逃げ出したかった。現時点でこんなにも怒っている真人様をこれ以上怒らせて嫌われてしまうような失態は晒したくはない。わたしはこれで、と挨拶するべく真人様を見上げると、やはり完璧な笑顔を崩していなかった。

「まひとさ、」

ま、と言い終える前に真人様の人差し指がわたしの唇へトンと触れる。びっくりして顔を真っ赤にするのも数瞬、意図を理解すると今度は直ぐに青ざめていった。下手なことを言うなと言われたばかりなのに、真冬くんの前で様付けをしてしまうところだったのだ。露骨に慌てるわたしに真人様が「リップ変えた?」等とフォローを入れてくれる。そんなわたし達を交互に見つめ、真冬くんは、可愛らしくこてんと小首を傾げた。

「…お友達?」

一気に心臓がバクッと跳ねる。友達か否か、そんなことはとっくにはっきりしている。わたし達の関係は決して友達ではない。言うなれば主人と犬。対等の立場にいないわたし達は恋人でもなければ友人にすらなれやしない。少なくともわたしはそう思っている。真人様からしたらわたしなんかただの玩具、いや、知り合い程度に過ぎないのかもしれない。真冬くんにわざわざそんな酷いことを教えないにしても、わたしが傷つく回答をするかもしれない可能性は低くない。何を言われても大丈夫なように一応身構えはするけれど、心臓はこれ以上なく大きく暴れていた。

「そうだなぁ、」

真冬くんの言葉に真人様がほんの少し笑い、真冬くんと目を合わせるように背を屈めた。

「名前は友達じゃなくて、兄ちゃんの大事な人。真中達には内緒にしろよ」
「兄ちゃんの彼女!? この人が!?」
「まあな」

穏やかに微笑む真人様に、真冬くんは大興奮しながら驚いていた。その頭を優しく撫でて更に笑う真人様。驚きたいのはわたしの方だ。声も出なければ体も動かせず、その場で口を押さえて固まってしまう。真人様の彼女。そんな大層なポジションにいさせてもらえるわけがないのに、甘い響きに心臓が破けそうになる。嗚呼、真人様。わたしはもう死んでしまっても幸せです。うっとりと真人様を見つめると、真人様はお財布を取り出して真冬くんに一枚お札を手渡した。

「それより、何か買うのがあったんだろ? 待ってるから買ってきな」
「そうだった、ありがとう!」
「走るなよ」

真冬くんが足早に漫画のコーナーへ去っていく。ようやく真人様の視線がこちらへ移り、今にも溢れそうなほど目に涙を溜めたわたしを、くす、と鼻で笑うのだ。

「なぁんてな」

目が全く笑っていない真人様に、それでも涙は溢れてしまった。真人様の彼女なんて、嘘でも嬉しくて仕方ない。真人様、真人様、大好きです、真人様。声も出せずにぼろぼろと涙を流すと、真人様はスッと口角を下ろし、真冬くんの前で見せていた笑顔を完全に消し去った。いつもわたしの前だけで見せる真人様の顔。冷たい目に見下ろされてわたしは思わず息を飲む。

「次はちゃんと他人の振りしろ」
「…はい」
「わざとやってるって言うなら応えてやるけどな」

真人様を怒らせると酷くされてしまうのを散々体験してきたわたしはふるふると首を横に振った。今日だって、真冬くんを連れてると知っていれば声なんか掛けてはいなかったのだ。どうしたら許されるのか解らず、真人様、と小さく名前を呼ぶと、真人様は軽く息を吐いてから腕時計を確認する。

「20時、いつもの場所で先に始めてろ」
「わ、わたしひとりで…?」
「出来るだろ」

酷くされたくないのなら、という意味が伝わり、わたしは消え入りそうな声で返事をすると、真人様はさっさと背を向けて歩いていってしまった。レジでお会計をする真冬くんの隣に立ち、嘘のように笑顔を見せている。いつかその笑顔を自分に向けてもらいたいなどと強欲なことを考えながら、わたしはふたりが店内から出ていくまでその姿をじっと眺めていた。

END
--------------------
大事な人というのは嘘ではないようです。名前様、お付き合いありがとうございました。
20180411
(  )
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -