おはよう結兎くん!
元気が良すぎる挨拶に持っていたトートバッグを落とすかと思った。絶望。一筋の光もない。もうだめだ。この人は昨日のこと、何もなかったことにしようとしてる。返事をしないまま突っ立っていると、どうしたのと顔まで覗き込んできた。俺つい昨日あんたに告白したんですけどね、あぁそうですか、そんなに顔近付けちゃいますか。
「今日の撮影、休憩中ちょっと外出るから」
表情を無にして伝えると、あからさまに名前が固まった。声のトーン、笑顔の無さ、そっけない態度、どれを取ってもアイドルの"結兎"じゃないから。
「えっ…、で、でも、どこに、」
「ひとりで出たい」
「なんで…」
名前は困ったように眉を下げるけど、それもそのはず、結兎のときの俺はあんたににこにこしてるもんな。こうして仕事のときにワガママ言って困らせたり、勝手にマネージャーの傍を離れたがったりしない。大人しくいい子ちゃんしてたアイドルはここまでだ。名前を無視して車に乗り込むと、慌てて続いて乗り込んでくる。俺の表情をチラチラ窺いながら何て声掛けたらいいか分からないって顔してる。
「何?」
「え、えと…、結兎くん…」
「車出して」
「あっ、はい…」
訳もわからずハンドルを握る名前。気にしないようにしてスマホに視線を落とす。歩に『なかったことにされました(^-^)v』って連絡入れたら秒で『草』って返ってきた。もうやだ。俺この先どうすりゃいいんだよ。
* * * 不機嫌を引きずるように、今日は1日中名前に冷たかった。ガキなのは分かってるけどそんなすぐ切り替えできるか、こちとら数年間の気持ちが籠った告白だったんだぞ。
「結兎くん…」
「何?」
「えと、車持ってくるから…下で待ってて…」
「今後は送ってくれなくていいよ」
仕事中は名前が心配そうに俺を見つめてたけどガン無視したし、宣言通り休憩中は避けるように外へ出た。こんなに態度に出してんのに何で俺にくっついてくんの。もう失恋なんだろ、構うなよ。俺のこと何とも思ってないくせに。
「何でそんなこと言うの…」
じわぁ、と名前の目に涙が溜まり、ギョッとする。何こいつ何で急に泣くの。泣き顔が可愛すぎてびびるけど俺が傷つけたと思うと罪悪感。これに負けていつもはつい優しくしちゃうっつーかチキって結兎出しちゃうっつーか…、とにかく今日は心を鬼にする。優しくしたらいつもと変わんねーし、傷ついてんのは俺もなんだからな。バカ女。
「あんたいい加減にしろよ。もう俺に構わなくていいから」
「何で? わたし、結兎くんのマネージャー外されちゃうの…?」
「そうは言ってねーだろ、俺だって仕事はちゃんとする。もうプライベートには関わんなっつってんの」
「担当アイドルの送迎だってマネージャーの仕事だもん…」
引かない。何だこの頑固女。あんたのことめちゃめちゃ好きだからその気がねーなら放っとけって言ってんのに通じてねーのかよ。大体俺のこと全く眼中にないくせに結兎くん結兎くんって後ついてきやがって、くそ、かわいいな。ストレートに言わなきゃ分かんないかよ。
「どうしても送りたいって言うならあんたのこと抱くよ」
どうする?と視線を向ける。トートバッグを肩に引っ掛けて立ち上がるけど名前は目をまんまるくしたままその場から動かなかった。そうだよな、抱かれたくはないもんな。
「そういうことで。じゃ、お疲れさま」
「っ、ちょっと待って結兎くん!」
「何? 抱かれたい?」
「……それは…」
「もう一度言ってやるけど、俺は仕事はちゃんとやるから。ただあんたのことが好きだからふたりきりになったらあんたを襲うよ。嫌なら俺から離れてな」
楽屋を出てからも名前は俺を追ってはこなかった。これがあいつの答え。今まで嫌がるあんたを散々抱いてすいませんでしたね、なんて思ってもない謝罪を心の中で唱える。分かってたくせに視界が滲む。そっか、やっぱ、嫌だったんだ。俺なんかに抱かれたくなかったんだ。名前は俺をただのアイドルとしてしか見てなかったんだ。当たり前のことを痛感して傷つく。散々今まで名前を傷つけたくせに被害者面。レイプしといて好きになっては都合良すぎるよな。分かっては、いたんだけどな。
すっげー、好きだったのに。
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泣くのを必死に堪える男子高校生、性癖です。名前様、お付き合いありがとうございました。
20180908
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