駅は近くても家賃が安いこのアパートの壁は、まあまあ薄い。日中生活音が丸聞こえとはまでいかなくても静かな夜は声がよく通る。特に俺が布団に入ると聞こえてくる、微かな喘ぎ声が最近の悩みの種だ。

「あ…っぅん、はあっ、なお……っ」

この声、かなり色っぽい。
隣人をはっきり見たことはないし、名前も知らない。ただ、髪を赤ともピンクとも言える派手な色に染めて、胸元まで伸ばしている、人形のようにとても可愛い女の子がよく来ていることは知っている。服装もやや派手で、でもごてごてしているアクセサリーが目立ちすぎることがない。ほぼ毎日出入りしているのを見掛けるから、あの可愛い女の子は隣人の彼女なんじゃないかと思っている。あんな可愛い子を掴まえられるなんて、隣人はどれだけのイケメンなんだろうか。

「なお、っ、なおちゃあん…っ」
「かんわいい…、俺の咥えて泣いちゃうの? そんなに俺の、好い?」
「ん、ぅん…っ、これ好きっ、あぁううぅ…っ」

ギッ、ギッ、とベッドを甘く鳴かせて、色っぽい声が一層悶え狂う。堪らず下着をずり下ろすと、ギンギンに勃ち上がっている熱を右手で包んだ。この声を聴いてしまうと、こうせずにはいられない。壁に耳を当てながら右手を上下に動かして快感を貪ると、女の子の声がどんどん大きくなる。

「あっ、や、やぁあ…っ、もう、もう…っ、」

感じすぎてシーツを乱す女の子を想像する。イキそうなのか、ラストスパートを掛ける腰遣いの音まで聴こえてきて俺までイキそうだ。

「ん…、出すよ…っ、」

男の掠れた声と共に俺も長い射精をした。いいなぁ、セックス。


 * * * 



隣人の声は、悔しいことにかっこいい。声からしてイケメンって感じ? 早く顔を拝みたいものだけど、あんなに可愛い女の子をあんなに可愛く善がらせて、直接会ったら俺が気まずくなりそうだな。昨日が金曜日だったせいか夜は泊まっていったらしく、今朝は小さな喘ぎ声で起きることになった。朝勃ちはえろい気分で起こることではないけど、勃起してるところに可愛い声が聞こえてきたら扱くよな。ごしごし上下に擦りながら壁に耳を付ける。今日も可愛い、彼女ちゃん。

「あ、っぅ…っ、や、声でちゃ…っ、」
「静かだから響くかもな。ちゃんと我慢しないと」
「はあっ、ん、きす、して、ぇ…っ、声でちゃうか、ら、あっ」
「はは、かーわいい」

そこからは、んっ、んっ、と籠った声しか聞こえてこなくて、濃厚なキスを交わしていることが伝わってきた。それもまたえろい。熱を孕んだ声で媚びるように啼く、この彼女ちゃんの色気はそのへんのAV女優なんかよりずっといい気がする。あの見た目で、この声かあ。ますます隣人が羨ましい。俺だって直接、あの可愛い子が乱れているところを見てみたいのに。一度でいいから。



と思っていたら、彼女ちゃんと遭遇した。コンビニでも行こうかと外に出たところ、ちょうど隣の部屋のドアが開いて偶然ばったり。今日も緩く巻かれた派手色な髪を揺らし、微笑みながらぺこりと小さくお辞儀してくる。なんて可愛いんだ。肌が綺麗で睫毛が長い。整った顔に目を奪われてじっくり舐め回すように見詰めていると、中から隣人の声がする。

「ちょっと、待って…っ」

焦ったような声色。いつも声からイケメンだと思っていた隣人の声は、直接聞いてみるとかなり高いトーンだった。慌てているからか? 彼女ちゃんはそれを聞いて、俺の耳許に顔を近付ける。

「見たいですか?」
「えっ?」
「鍵、掛けないでおきますね」

何を耳打ちされたのか分からなかった。彼女ちゃんはさっさとドアを開けて中に入っていってしまう。何より俺が理解できなかったことは、彼女ちゃんの声がびりびり響くような低音だったということだ。目の前で閉まったドアを眺めて今起こった情報を繰り返す。あの可愛くてちょっと派手なえろい彼女ちゃんは、どこか聞き覚えのある…、そう、俺が隣人だと思っていた男の声をしていたのだ。じゃあ中からこの彼女ちゃんを呼んだのが、本当の隣人? それなら高いトーンだったことにも説明がいく。でもそうすると女同士になっちゃわないか? いや、そもそもあの子は“彼女”なのか?

「なおちゃ、っ、ま、待って…、」
「何? その気んなったから俺を引き止めたんじゃねえの?」
「そんなつもりじゃ…、」

ドアを隔てて小さな声が聞こえてくる。俺は慣れたようにそれに聞き耳を立てた。困ったように絞り出された可愛い声は、きっと羞恥に眉を寄せているときの声だろう。なおちゃんと呼ばれる男は、一体誰なんだ。

「ん…っ」

心臓がバクッと高鳴る。ドア越しに可愛い吐息が聞こえてくるのだ。いつもこの声で扱いているせいか、条件反射のように体が熱くなってしまう。ん、ん、とどんどん激しくなっていく吐息と微かな嬌声に下半身が反応していくのか分かった。頭は混乱しているのに体はいつものようにふたりをオカズにしようと快感を待ち望んでいる。

「や、待ってなおちゃ…、ここじゃあやだぁ…」
「ベッドならいいの?」
「うん…」

可愛らしい声でおねだりする彼女ちゃん。この彼女ちゃんはさっきの子なのか、それとも隣人なのか。ふたりの声がだんだん遠くなり、部屋を移動したのが分かる。言っていた通りベッドに移ったのだろう、俺も自室に戻ろうと背を向けた瞬間、先程言われた言葉を思い出した。
『鍵、掛けないでおきますね』
あれはどういう意味だったのか、入ってきてもいいという許可だろうか。ごくりと生唾を飲み込む。ふたりが入っていったドアを見つめておずおずとノブへ手を伸ばすと、本当にそこは鍵が掛かっていない。動揺して全身から汗が噴き出す。こんなこと本来なら絶対にしてはいけないことなのだろうが、さっきの低音が耳から離れない。少し挑発的な態度も気になって俺は意を決して部屋の中へ足を入れる。玄関には女物の靴しか並んでなかった。

「ますます訳が分からねえ…」

今入った派手髪ちゃんも女、可愛く喘ぐ声も女、でも“なおちゃん”と呼ばれる男がいるはずで、その男の声をした子の見た目が女。靴は全て女なのに、どこかに、男がいるはずなのだ。混乱してきて目を回していると、目の前の部屋から喘ぎが聞こえてくる。艶かしく厭らしい、色欲を表す雌の声。いつも壁を隔てて聞くよりもずっとぐちゅぐちゅと激しい音が大きくリアルに漏れてくる。

「なおちゃんっ、なおちゃ…っ、あぁっ、ああぁ〜…っ」
「何が、そんなつもりじゃない、だよ。こんなに濡らしてんじゃん」
「ちが、っ、ああぅ…っ」
「朝あんなにしたのにお前は物足りなかったんだよな。俺のこれ、まだまだ欲しかったんでしょ?」

これはいけないことだと理解はしていても、頭が正常に受け取らなかった。考えるよりも先に体が動く。部屋のドアをそっと開くと、そこには膣内を指で掻き回されている女の子が背中を反らしながら喘ぎ善がっていた。そして、女の子を散々啼かせているのは、さっきの派手髪な女の子だったのだ。

「なおちゃあ…んっ」
「はいはい、挿れてやるから」

派手髪の女の子は自分のスカートを捲ると、そこから伸びる長く細い脚を俺に見せつけた。しかしその根元には、目を疑うようなものがしっかりと付いている。派手髪の女の子、いや、彼は、膝の上で可愛く喘いでいた彼女ちゃんの腰を掴んで持ち上げると、俺に見せつけるような体勢で彼女ちゃんに挿入しようとしているのだ。

「名前、腰落として」
「、っぅん……っ!」

彼女ちゃんが受け入れたのは、男から見ても立派な男性器だ。艶かしい肉裂を開いてそれをゆっくり飲み込んでいく。派手髪の彼はどう見たって女の子なのに、こんな可愛い顔をしてエグい男根で彼女ちゃんを貫く。

「あ、っあぁっ、あ、!」
「はぁ…っ、何回しても広がんないな…、俺のに一生懸命吸い付いて、かーわいい…」
「やあぁ…っ!言わない、でぇ…、」
「何で? かわいいって褒めてるのに?」

ちゅ、と後ろから彼女ちゃんの頬にキスをしながら彼は動き出す。腰をくんっ、くんっ、と突き出して上にいる彼女ちゃんに悲鳴に近い喘ぎを上げさせてたっぷり泣かせるのだ。我慢できない俺の熱が激しくジーンズを押し上げる。

「はあっ、あっ、なおちゃんっ、あぁあ…っ!」
「たまには俺のこと、ちゃんと呼んでよ」

彼は甘えたように彼女ちゃんにねだると、彼女ちゃんは突き上げに涙を溢しながら眉を垂れ下げた。

「あうう…っ、尚人…っ、ん、くうぅ…っ、あんっ、だめぇ、これ気持ちいいからあ…っ」
「名前は俺の名前呼ぶと感じすぎちゃうんだよな。俺もすっげー気持ちいいよ」

言葉責めとも取れるそれは、確かに俺に説明するような口振りだった。彼の名前は尚人といって、性別は男で間違いない。どうしてあんな格好をしているのか、どうして鍵を掛けずにこんなものを見せつけるのか、そんなことどうでもよくなった。慌ててベルトを外して自分の熱を手で包む。ごしごしといつも以上に激しく速く扱いて慰めると、絶頂なんてあっという間だ。

「あぁっ、あっ! 尚人ぉ…っ、もうっ、もういっちゃうからあぁ…っ!」
「はは、いいよ」

彼は小さく笑いながら腰遣いを止めなかった。彼の視線が、隙間から覗いている俺を捉える。

「ああぁあっ、あぁっ、あああぅ…っ!!!」

びくんっ、びくんっ、と激しい痙攣をして彼女ちゃんは彼に凭れ掛かる。全然から汗が噴き出し、小刻みに痙攣して全身を震わす官能的な姿に、俺は堪らず欲を吐き出した。今までで一番長い射精だったかもしれない。気持ちよくて、頭が真っ白になって、可笑しくなりそうだ。彼女ちゃん同様腰を小刻みに痙攣させて、足に力が入らなくなる。ずるずるとその場に座り込むと、それを見て彼はフッと鼻で笑った。

「名前、すげーえろかったよ」
「なっ…なおちゃんのせいじゃん…!」
「うん、俺のせい。俺以外とは気持ちよくなれないから、絶対にスるなよ」

ちゅ、と見せ付けるようにキスをする。未だに肩で息をしている俺を嘲笑うかのように、彼は彼女ちゃんの髪を掻き上げて舌を絡ませていった。唾液を伝わせて何度もしゃぶるように繰り返される獣のような口付けに、俺は怖くなって部屋を飛び出した。慌てて自分の部屋へ帰り、ベッドの上へ座る。心臓がばくばく煩い。

「あーあ、行っちゃったか…」

壁越しに聴こえる彼の声。やっぱり彼は俺を招いてあれを見せ付けるつもりだったのだと理解した。どこまで見せ付けるつもりだったのか分からないが、恐怖で汗が止まらない。するとそんな俺に追い打ちをかけるように、ドン、と隣の部屋から鈍い音がした。

「またいつでも抜きに来ていいですよ、お兄さん。ただし、俺のことを女だと思ってへらへらするのはやめてくださいね」

びりびりと地を這うような低音に顔が真っ青になる。バレていた。全てがバレていたのだ。いつからか分からないけど、俺がずっとふたりをオカズにして抜いていたのも、たまに会う派手髪の彼を女の子と勘違いして厭らしい妄想をしていたのも、全部バレていたということだ。恐怖で声が出なかった。返事もしたくない。静かな部屋で俺は、ひとりで縮こまって何もできなくなってしまった。


END
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フォロワーさんからのリクエストより、女装男子です。変なシチュエーションになってしまいましたが、たまには第三者視点から。尚人くんは自分へ向けられる隣人からの厭らしい視線がただただ不愉快だったみたいですよ。名前様、お付き合いありがとうございました。
20181224
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