最近妙に可愛い気がする。色気付いてるというか、明るくなったというか。俺の知ってる限りだと何もないと思うけど、ここまで可愛くなっていくと何かあったのかとひやひやするから心配で目が離せない。実際何かあったとしても俺には何の関係もないけど。

「結兎くん」

名前が、お疲れさま、と笑顔で俺にペットボトルを渡してきた。俺の大好きなリンゴジュース。好きなものを覚えててくれるだけでも、なんつーか心臓らへんがぎゅってなる。素直に嬉しい。

「ありがとうございます」
「今日もかっこよかったよ!わたし挨拶してから楽屋に戻るから、結兎くんは先に戻っててね」

リンゴジュースを受け取って微笑んでやると名前は分かりやすく俺に媚びた。でれでれだらしない顔をしている。俺の顔ぜってー好きなはず、なんだよなぁ…。小さく頷くとますます嬉しそうににやつきながら気恥ずかしそうに視線を逸らす名前。そして何かに気づく。

「あ…」

名前が声を漏らすから何かと思ってそっちを向くと、胡散臭そうな笑顔を浮かべて名前に手を振っている酒井と目が合う。名前はぺこりとお辞儀を返していた。何でこいつ今日もいるんだよ…。最近現場で遭遇することが増えてるような気がするけど意図的じゃねえだろうな。でも偶然だったとしたらそれはそれでゾッとする。名前が申し訳なさそうに俺を見る。

「じゃあ結兎くん、また後で」

ぱっと俺から離れていった名前は小走りに酒井に駆け寄った。は…?何?あいつらそんなに仲良かったのかよ。いつの間に。俺がいる前で仲良く喋っていたことは少ないから、前回の現場からの期間に個人間のやりとりがあったと察する。こないだ飯行ったことあるって言ってたし、プライベートな絡みも少なくないのかもしれない。くそ酒井、おっさんのくせに何なんだよ。じろっと酒井を睨み付けると、酒井は俺に向かって小さく舌を出して見せた。



 * * * 




「あー、くそ酒井め、次あいつを飯に誘ったらぶっころす」

苛々して出来もしないことを呟く。もしこれがドッキリ番組で楽屋にカメラが仕掛けられていたらアイドル人生が終わるような独り言だ。名前に貰ったリンゴジュースを流し込んでも苛々はおさまらない。つーかあいつまだ帰ってこねえのかよ、まさかずっと酒井といるんじゃねえだろうな。想像したらますます腹が立った。毎度毎度仕事が終わる度に何の挨拶に行ってんだよ、ふらふら男に言い寄られに行ってるだけじゃねえか。いつも真っ直ぐ帰ってこいって言ってんのに。

「はぁ…くそ」

じっとしていられない。かと言って撮影で一緒だった他アイドルと絡む気にもならない。プライベートな付き合いはあんまりしたくないし増やすだけ面倒だった。だったらトイレにでも行くかと思って楽屋を出ると廊下にはまだたくさんの人がいて、慌てて表情を戻す。苛々を顔に出すな、俺。なるべく人と視線を合わせないようにしながらトイレに入った。中には、最悪なことに酒井がいる。

「あ、結兎くん」
「…」

あからさまに眉を顰めると、酒井は可笑しそうに笑う。こいつ、俺に嫌われてんの知ってるくせに普通に絡んでくるから更に嫌い。全部嫌い。でも出ていくわけにもいかねえしその場で突っ立ってると、酒井が俺に近付いてくる。

「お疲れさま。今日の撮影も素敵だったよ。苗字さんも褒めてたし」
「ありがとうございます」
「あはは、そんなこと思ってもなさそうだけど」

当たり前だろ思ってねーよ。あんただって思ってもないお世辞で毎度話し掛けてくんな。張り付けたような笑顔も癪に障る。

「結兎くんって、まだ苗字さんに気持ち伝えてなかったんだね」

ふと酒井が声のトーンを落とす。ここには俺と酒井のふたりしかいないけど、外へ聞こえなくする配慮なのか。まあそれはどうでもよくて、問題は何でそんなことをこいつが知ってるのか、だ。

「…何の話ですか」
「昨日彼女の恋愛の話を聞いててね。俺はてっきり結兎くんはもう告白をしているのかと思ってたんだよ」

にこにこと笑うこいつが憎たらしい。何で名前とそんな話までしてるんだよ。名前はこいつにどこまで気を許してんだ?俺とはそんな話だってしたことないくせに、何で俺が知らない名前を酒井が知ってんだよ。むかつく。

「そういう酒井さんはどうなんです?」

なるべく怒りを抑えて微笑んで見せると、酒井も余裕綽々の笑顔を作って見せた。やっぱりこの顔は嫌いだ。

「そうだね、そのうちにと思ってるよ」


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可愛くなってっていると思うのは結斗の勘違いです。名前様、お付き合いありがとうございました。
20170519
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