「お疲れ、結兎くん」
「…、お疲れさまです」

にっこり微笑んで見せると酒井もわざとらしい笑顔を返した。何で俺に話し掛けてくんのか分からないけど、こいつの顔面見てるだけで苛々する。衣装で使っていたネクタイを少し緩めると、酒井は俺を品定めするようにじろじろ見回した。

「ほんと、高校生には見えないよねぇ。身長も高いし、雰囲気が落ち着いてる。インタビューのときも受け答えが大人っぽいってこの前褒められてたよ」
「そうですか」
「…でも、すぐに妬いちゃうところは年相応なのかな?」

ぴくっ。思わず眉が上がる。こいつ何言ってんだ。思わず睨みそうになるが、今は周りに人がいるしそんなことはできない。なるべく穏便に済ませたかった。

「何の事ですか?」
「あれ、俺の気のせいだったかな?結兎くんが妬いてるように見えたんだけど」
「まさか、何に妬くって言うんです?」
「俺が苗字さんと話してる間、怖い顔してるじゃない?」

ふっ、とバカにしたように笑う酒井。こいつ、完全に俺のこと面白がってる。しかも多分名前が俺に興味ないのも分かっててこの態度。すっげえムカつく。

「名前さんと仲良いんですね」
「やだな、結兎くんほどじゃないよ。たまにご飯に行く程度でさ」

は、と声を漏らしそうになった。あいつやっぱりプライベートでも酒井に会ってんのかよ。俺とは会わないくせに、俺が誘っても断るくせに、酒井とは行くのかよ。体中の血液が沸騰するようにカァッと熱くなってくる。

「そうそう、そのこわぁい顔だよ結兎くん」

酒井の憎らしい笑顔が忘れられなかった。


***


楽屋に戻ると、椅子に座っていた名前がパッと立ち上がって俺の許へ駆け寄ってきた。犬みたいでちょっと可愛い。

「結兎くん!お疲れさま、どこに行ってたの?」
「お疲れさまです。ちょっと挨拶回りにね」
「そっか、結兎くんいつも楽屋にいないから心配になっちゃうよ。わたし置いて帰っちゃったのかと思って」
「名前さんを置いて?ふふ、そんなことしないよ。名前さんと車の中で話すの、楽しみだもん」

微笑みかけると名前は分かりやすく顔を赤らめる。そう、そういう反応だよ、それが俺を期待させてんだっつーの。俺のこと興味ないくせにこの顔だけは好きなんだよな。暫くうっとり見つめていたくせにハッと我に返った名前はバッグから車のキーを取り出した。帰ろうって意味かもしれないけど今日はワガママ通させてもらう。

「名前さん、俺疲れちゃった…」
「えっ!?」
「少し、このまま…」

名前の手首を引き寄せて腕の中に閉じ込める。出会ったときは見上げてた気がするけど、いつの間にか俺の方がでかくなっちゃって、今じゃこんなに名前が小さい。反応に困っている名前は拒絶はしないものの腕は回してこない。えっと、あの、なんて言いながら突っ立ってるだけだ。

「ゆ、結兎くん、どうしたの…」
「だから疲れたんだって。最近オフだってなかなかないでしょ?」
「う…、それはごめん、でも、結兎くん今人気絶頂期だから…、」
「うん、分かってるよ。俺はまだ頑張れる。でも大勢の人に囲まれて過ごした日は無性に寂しくなるんだよ、俺、家帰ったらひとりだし…」
「結兎くん…」
「あはは、なーんて。名前さんに言っても困るよね」

冗談、とばかりにパッと離してやる。名前の良心を少しばかり苛めてしまったかもしれないけど俺だって本当に傷ついてんだからな、くそ、酒井と飯行きやがって、少しくらい寂しがっても罰当たんねーよ。俺が目を逸らすと、名前は少し気まずそうに俺の袖を掴んできた。

「結兎くんは、友達いないの…?」
「は?」

思わず声のトーンが下がる。バカにされてんのかと思ってイラッとしたのも数瞬、そちらを向けば恥ずかしそうに視線を床に落としている名前がいた。

「あ、あの、こんなんじゃ嬉しくないかもしれない…けど、良かったらこの後ご飯行かない?」
「え…」

え、え、マジ?俺ともプライベートの付き合いしてくれんの?嬉しくて声がひっくり返るかと思った。

「あっ、勿論他にも、誰か呼びたかったら誘ってもいいんだけど、」
「やだ」
「えっ」
「やだ。…あんたを独占させてよ」

もっかい名前を抱き寄せる。今度は遠慮がちに俺の腕を掴んできた。可愛い。くそ、超可愛いじゃんか。

「ねぇ、もっとワガママ言ってもいい?」
「は、はい」
「俺ん家来て、名前さんの手料理食べたい」

鼻で空気を吸い込むと、こいつの髪から甘い匂いが漂ってくる。心地好い。

「わたしなんかでいいの?」
「うん、名前さんの手料理がいい。だめ?」
「でも結兎くんは美味しいお店行き慣れてるんじゃ、」
「やだ。今日は名前さんが作ったご飯が食べたい」

ぐっと腕に力を入れると名前はおろおろとして拒絶できないまま俺にしがみつく。こういう押しに弱いところ、酒井に付け込まれてねえかなあ。

「分かった、でもわたし料理下手っぴだから文句言わないでね…?」
「ありがと、すっごい嬉しい…っ」

愛しいっていうのか、幸せすぎてやばい。いつもは部屋に連れ込んでヤるだけだったのに、こんな大きな進歩。こいつにとっては担当アイドルのケアの一環って感じだけど、俺にとってはすごい進展だ。

「じゃあ帰ろう、名前さん」
「うん、スーパー行かなきゃ。結兎くんは車で待っててくれる?それとも一旦家に帰ってる?」
「俺も一緒に行く」
「だ、だめだよ、結兎くん目立つんだから!」
「誰も見てないよ」

荷物を持って楽屋を出ると、向こうの廊下から酒井が歩いてきていた。結兎くんはもう少しアイドルとしての自覚を持ってね、なんて説教垂れる名前を無視して酒井を睨む。酒井もこちらに気づいてじっと見つめ返してきた。

「名前さん、俺ハンバーグがいいな。捏ねるの手伝うからさ」

酒井には渡したくない。つーかぜってえ渡さない。いつか絶対俺の女にしてやる。

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Twitterよりリクエストで、結斗に「やだ」を言わせました。名前様、お付き合いありがとうございました。
20170221
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