「名前さん、付いてるよ」
「えっ」
よく甘いものを食べる人だなとは思っていたけど、気が向いたからドーナツを買っていってやったら嬉しそうに頬張るもんだから早速後悔した。もきゅもきゅ食いやがって、可愛すぎんだろもう、ハムスターかよ。楽屋で広げて、結兎くんも一緒に食べようなんて言われたけど、俺は別に自分が食いたくて買ってきたわけじゃないから見てるだけで十分だった。というか、十分過ぎて心臓が痛い。さっきから針が刺さってるみたい。頬にクリームを付けながらドーナツを口に詰め込む姿に感情が高ぶって、つい手を伸ばした。その指はクリームを掬ってしまう。
「あ、ごめ…」
カァッと頬を染める名前。いや、俺も何を平然と拭ってんだ。焦って指を離すと、あ、と短く声を漏らしたこいつが俺の手を掴んだ。
「ん、」
「っな…!」
こいつは次の瞬間、俺の指をぺろりと一舐めした。まるでクリームがもったないとばかりに自然な動き。さすがにびびって手を振りほどくと、しゅんとした顔を見せてくる。
「あ…、ごめん結兎くん」
「何やってるの名前さん、こういうこと、あんまりしない方がいいと思うけど」
「そうだよね、ごめん…」
さらにしゅんとする。
「だってクリームもったなくて…」
「だからって人の手を舐めないでよ、あんまり危ないことしてると心配になる」
反省した顔が見ていて可哀想だったから結兎モードで、あくまで心配しているのだという態度を示す。途端に俺を見上げながら固まる名前。優しい、かっこいい、と顔に書いてある。あーあ、また結兎の株上げちゃった。
「うん、ごめんね、もう結兎くんにはしないからね。びっくりさせてごめんなさい」
「…、は?」
結兎くん"には"?
俺が言ってるのはそういうことじゃねえんだけど、何でこの女は理解できねえんだよ。頭緩いのか?
「俺にはじゃなくて、他の男にするんじゃねえよ」
「えっ?」
「俺には何してもいいから、他の男にはすんなっつってんの」
じろっと睨むと分かりやすく顔色を変えていく。焦って目を回しているのが俺にも伝わってくる。
「え、あ、ごめん、結兎くんは嫌だから怒ってるのかと、思って、」
目がギョロギョロ動いてた。こうなってしまうと、焦ってまた余計なことを口走られるよりは俺が結兎に戻って宥めた方が早い。言い訳を聞いてて地雷踏まれたらいよいよ結斗を全開にしそう。
「嫌じゃないよ、さっきも言ったけど、俺は名前さんが心配だからね。他の男性にしちゃったら危ないかもしれないでしょ」
「危ないって、そんなわけ、」
「危ないんだよ!」
くそ、この女苛々する。思わず声を荒げてしまったけど、びっくりして口が開いてるこいつに、誤魔化すようにニコッと笑って見せた。
「だから、俺の言うこと聞いてくれる?」
「えっ、う、うん」
「良かった。ありがとう、名前さん」
「ううん、わたしこそ…」
ぼそぼそ声を漏らして恥ずかしそうに俯いた。可愛い反応、それ俺に向けた反応だったらもっと可愛かったんだろうなあ。バカみたいに結兎を演じて言うこと聞かせないと他の男に取られそうで気が気じゃないのに、反面、結兎の言うことなら聞いてしまうこいつがむかつく。俺の顔、好きなくせに。俺の声も好きなくせに。俺の体だって、セックスだって好きなくせに。
「あ、結兎くん、今日の夕方のインタビュー急遽来週に伸びちゃったんだけど、いいかな。またスケジュールまとめておくね」
「はい、大丈夫です」
何で俺は、アイドル以上にはなれないんだろう。くそ。
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餌付け作戦失敗です。名前様、お付き合いありがとうございました。
20170212
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