「なぁ」

あ、このちょっと刺々しい声はさっちゃん。なんて思いながら振り向いたら、ビンゴ。眼鏡をかけてない、さっちゃんが私を見下ろしてる。

「いつ籍入れんだ?」
「…は、」

ぽかんと口を開いた。今なんて言った?さっちゃんが?私に?なんて?

「え…?なんですって?」

思わずお嬢様みたいな口調。さっちゃんがめんどくさそうに舌打ちをした。え、なに?なによ?だって今サラっとすごいことを…。

「結婚。お前ばかなんじゃねえの」
「けけけ結婚!?誰と誰が!?」
「俺とお前……って、お前からかってんのか」

いや。いやいや、ちょっと待って、パニックにもなるでしょう。今の状況を整理しよう。2人っきりで部屋にいたとは言えいちゃいちゃらぶらぶなんて雰囲気でもなかったし、むしろ話してもなかった。私は1人で携帯をいじっていたしさっちゃんはずっと作曲をしていたはず。何で急に?プロポーズってそんな唐突にするもの?夜景が見える綺麗なホテルの最上階でワイン飲みながら指輪を差し出される、みたいなロマンチックなムードでするものじゃないの?

「聞いてんのか」

フリーズした私を良く思わなかったのか、さっちゃんは苛々と私の顎を掴んだ。聞いてます、聞いてますとも。だから焦ってんでしょうが。声に出せないけど必死に訴えた。さっちゃんを見上げたら睨まれてるし、私もうなにがなんだか。

「あ、あの…さっちゃん?」
「あ?」
「なにか、あったの?」
「…自分で考えろ」

パッと手を離された。え、なに?なんですか?私もうパニック。頭真っ白。さっちゃんすごく不機嫌だし、ていうか今日なっちゃんはどうしたの?朝からずっとなっちゃん出てこないよ?あ、もしかしてなっちゃん不安定なのかな、っていうことは私何かした?

「さっちゃん…ごめん、なっちゃん出して」
「那月が出たがらねえから俺がいるんだろ」
「うん…でもなっちゃんと話したい」
「無理だ。お前は那月を傷つけたからな」

しょぼんって肩を落とす。私何したか分かんないなんて最低だよ。どうしようって思ってもう1回さっちゃんを見上げたらさっちゃんはチッて舌打ちして眼鏡を手に取る。

「那月を泣かせたらどうなるか覚えとけよ」

さっちゃんはそう言って眼鏡をかけた。さっちゃん優しい、やっぱり大好き。

「…名前ちゃん」
「なっちゃん、ごめんね」

さっきまで強気だった顔は不安で満ちあふれ、なっちゃんになったって一目で分かった。なっちゃんに優しく抱き着いたらなっちゃんも軽く私の背中に手を回してくれる。

「私、何かしたかなぁ?」
「名前ちゃん…、僕に言いたいことありませんか?」
「言いたいこと?」

こくんと頷くのを感じる。なっちゃんに言いたいこと…何もないと思うけど。ごめん分かんないよ、って呟くと、なっちゃんは寂しそうに私を離した。

「今朝名前ちゃんとハルちゃんが話してるのを聞いちゃいました。名前ちゃん、結婚願望が強いんですよね。でも僕がアイドルを目指してるからスキャンダルを起こせないって思っているって。…僕、そんなに頼りないですか?僕は結婚を公表してもいいと思ってます。名前ちゃんを守ってあげられます。結婚したからってファンが全員いなくなるわけではありません。結婚したいならそう言ってくれればいいのに…」

話が読めない。え?なに?私いつ結婚したいって言った?スキャンダルになるから?それってもしかして?

「なっちゃん、それ、谷さんのこと?」
「谷さん?」

今大人気アイドルの谷さん。他の事務所のアイドルだけど最近結婚を公表した。相手は一般人。あんなに堂々と公表するなんて勇気いるよね、私ならちょっとビビっちゃう、って春歌ちゃんに話したら、春歌ちゃんも、私も結婚はしたいけどお相手に迷惑はかけられません、って言ってた。それから、それでも公表してから堂々と結婚式することには憧れるって話で盛り上がった。お互いアイドルに恋する立場として意気投合しちゃったけどなっちゃんと結婚したいなんて一言も言ってないし、そりゃあしたいけどまだまだだと思ってる。それに今朝の話ではなっちゃんのことなんて考えてなくて、あくまで一般論として話してたのに。

「今朝話してたのは谷さんのことだよ」
「ハルちゃんと話してたのは全部谷さんのことなんですか?」
「うん。なっちゃんと結婚したくないわけじゃないけどまだ考えてないよ。でもいつかは結婚したいし公表もしたい」
「名前ちゃん…」
「まだまだの話だけどね、まだ結婚とか考えないでなっちゃんと一緒にいたらそれでいいし」

思ってること全部話したらなっちゃんは安心したように笑顔を広げた。そうだったんですか、良かったです、って何回も私の頭を撫でる。

「僕との結婚、公表したくないのかと思っちゃって…」
「なっちゃんの迷惑にはなりたくないけどさ…でも、公表はしたいよ」
「名前ちゃん大好きです!」

ぎゅううううって抱きしめられた。だから痛いってば、それ。

「じゃあいつ籍入れましょう?」
「ちょっと話聞いてた?今すぐ結婚したいわけじゃないって聞こえなかったわけ?」

なっちゃんに私の声なんか届かなくて、でも、なんか幸せを感じた。なっちゃんは楽しそうに私に抱き着いていて、私も何となく嬉しくなる。さっちゃんにもそっとありがとうって呟いた。


(( いつ籍入れたい? ))
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