「揃ピケ欲しい」
「揃ピケ?」

マグカップに口を付けたまま視線を寄越す翔ちゃんは、恐ろしく可愛かった。スターリッシュでは一応可愛い系アイドルのポジションに居ると理解していたけど最近はそれを忘れつつあるくらいに男前になってきたから、こういうふとした瞬間に可愛い顔を見せられると心臓がぎゅんっとする。そうだ、翔ちゃんは可愛いんだ。可愛い男の子は可愛い部屋着を着ても可愛いに決まってる。

「よし!揃ピケ買いにいこう」
「何だよ、揃ピケって」
「お揃いのジェラートなピケだよ」
「あのふわふわした部屋着?」
「そう」
「ふうん、まあいいけど」

何で急に、という顔をしてる。常にお洒落にビシッと決めてる翔ちゃんには分からないかもしれないけどわたしのそれには波があって、可愛いものを集めたい、可愛くなりたい、こういうことを頑張りたい、という気持ちが一気に押し寄せる時期と、反対に何もしたくないからせめて最低限人間らしく生きていこうという気持ちが押し寄せる時期がある。今は可愛いものに身を包みたい時期なので前者。ルームウェアから可愛いものにしたら気分も上がるし、翔ちゃんとお揃いも欲しいし。

「ヘアバンドとルームシューズも一緒に欲しいなぁ」
「揃えるなら可愛すぎるの選ぶなよな…」

翔ちゃんは軽く身支度を整えるため部屋を出ていってしまう。ふふん。とびきり可愛いのを選んじゃお!




多少の悪意はあったものの、本当に全ての商品が可愛い。むしろ可愛さ控えめなんてものは置いてない。ふわふわなパステルカラーに思わず笑顔になる。ここからここまでください!をしたくなる。両手で触ってみると、もふもふ。勢いよく翔ちゃんに振り向く。

「翔ちゃん、これは!?」
「く…、可愛いな」
「そんなに気に入った!? だよね!? 可愛いよね!?」
「いや、お前が可愛い…」
「…」

翔ちゃんは真面目に見てくれない。隣の棚を見ると大きなリボンの付いたヘアバンドが置いてある。しましま柄で、小さくロゴ入り。また目がキラキラ光っちゃう。

「翔ちゃん!これ可愛い!」
「可愛いな」
「翔ちゃんはこっちの水色で、わたしはピンク!」
「いや…これリボン付いてるじゃん」
「だから?」
「だから? じゃねーよ、メンズにヘアバンドなんてねえだろ」

ムッ。せっかく全部揃えて完璧な可愛いコーデを完成させたいのに。リボンヘアバンドを手にとって翔ちゃんの額に翳すと、本当に可愛い彼氏の出来上がり。こんな姿、見たいに決まってる。

「翔ちゃぁん…」
「…」
「だめ…?」

翔ちゃんはこれに弱い。別に自分が可愛いと思ってしてるわけじゃないけど、これをすると翔ちゃんは100%折れてくれる。例外なく緩む口許を手で隠す翔ちゃんは、少し気まずそうにわたしから視線を外してしまった。

「…わかった、たまにな」

完全勝利に心の中でガッツポーズ。はい、とそれを持たせて次の棚へ視線を移した。ヘアバンドと同じような柄のルームシューズが置いてあって、それもペアで手に取ると無言で翔ちゃんに持たせる。翔ちゃんはまだダメージを引き摺っているのか何も言ってこないし、口許の緩みを抑えようと険しい顔をしていたから触れないでおく。わたしも肝心のルームウェアに悩むことに必死だ。

「うーん、このつるつるパジャマも可愛いけど、もこもこのが可愛いよね…」
「ペアにしたいんだろ?」
「うん…、でもこれ、見て、可愛い」
「確かにこれも可愛いな」
「このワンピースも可愛い…翔ちゃんもワンピース着る?」
「着ねーよ」
「だよね…、うーん、じゃあこっちのにしようかなぁ…」

ワンピースにもこもこカーディガンを合わせるのも捨てがたいけど、今回は翔ちゃんとのペアピケ目当てだから次回に見送ろうかな。メンズのルームウェアを見るとネイビーのボーダー柄のもこもこが置いてあった。あ、これ、さっきレディースにもあった気がする。

「はい、これ持って」
「ん」

翔ちゃんにそれを持たせてから、レディースからその柄を探し出す。やっぱりあった。翔ちゃんの隣に行ってジャーンと見せびらかすと、翔ちゃんはパッと笑顔になる。

「お、ペア!」
「そう!これどう?」
「いいじゃん、可愛すぎないし」
「ちょっとやめてよ、可愛いでしょ!」
「あ、わり…、でも俺はいいと思うぜ」

確かに可愛さ控えめすぎるかな? でもペアってだけで何だか可愛くてにまにまする。ヘアバンドやルームシューズの色合いにちょっと合わないけど、レディースはショートパンツなのが可愛い。

「じゃあこれにする? それとも他もう少し見よっか?」
「俺はこれ、いいけどなぁ。別に1つにしなくてもいいから他に気に入ったのあったら買ってやるよ」
「え!? でもここ高いから1つでいいよ…!」
「そうか? どれもお前に似合いそうだから、遠慮しなくていいのに」

翔ちゃんはたまに素で恥ずかしいことを言ってくる。こんな可愛いルームウェアがどれも似合いそうなんて、嬉しくて顔が火照りそう。それに揃ピケだって買わせる気なんかないのに。

「じゃあこれにしよ。お金…」
「いいから。買ってくる」
「え、でも、」
「じゃあ後でスタバ奢って。俺少し喉乾いた」

揃ピケとスタバなんて額が違いすぎるけど、翔ちゃんはこう決めると絶対そうだから、素直にお礼を言った。わたしから言ったワガママだったのになあ。座って待っててって言うからお店の目の前のベンチに腰掛けながら待ってると、向かい側の1階にスタバが見えた。あんなところに入ってたんだ。今期間限定のって何だろう。

「あれ…」

チラ、とレジに視線を移すと、翔ちゃんは店員さんと少し話をしていた。照れ臭そうに笑ってる。もしかして、翔ちゃんだってバレちゃったとか…? 大人気アイドルが恋人とのペアピケ購入なんて大問題だ。翔ちゃんが完璧な変装をしていたとは言え、わたしが買いに行けば良かったかな、なんて不安になった瞬間、翔ちゃんは店員さんにぺこりと会釈をしてからこちらに歩いてくる。

「翔ちゃん、大丈夫…?」
「ん? 何が?」
「なんか話してたからバレちゃったかなって…」
「バレねーよ、変装してるし、裏声使ったから!」

翔ちゃんの裏声、想像したら可笑しくて笑うと、翔ちゃんもゲラゲラ笑った。その笑い声は特徴的だからあまり大きな声で笑わないでほしいんだけどね。

「たくさんあるから在庫確認に時間掛かるって、ちょっと待ってようぜ」
「ああ、そういうことね。ごめんねたくさん買わせて…」
「だからいいっての。あ! あんなとこにスタバある」
「それわたしも思った」

期間限定のフラペチーノが美味しそうで、ふたりであれにするかなんて話していると、店員さんがわざわざベンチまで持ってきてくれた。可愛いショッパーに、ぎゅうぎゅうに詰まった商品。こんなに買ったっけ? と思うくらい大きかったけど、もこもこが嵩張るのかな。

「ありがとうございました〜!」

店員さんの心地好い声ににまにましながら、わたし達は1階に下りることにした。




帰宅と同時に広げたくなって、翔ちゃんを急かす。早く、早く、と跳ねると、翔ちゃんは笑いながらソファに座ってショッパーを下ろした。可愛い可愛い念願の揃ピケ。広げてみたらますます可愛い。

「ふわふわもこもこ〜…」
「着たら気持ち良さそうだよな」
「うん!」

わたしの笑顔に釣られたのか、翔ちゃんもにこにこ。それから、揃ピケを胸元に当てながら上機嫌のわたしに、翔ちゃんはショッパーに手を入れる。

「あとこれ、ほら」
「えっ?」

ショッパーから取り出されているのはペアのルームウェアに、ヘアバンド、ルームシューズ。予定のものはもう出ているのに、翔ちゃんは更に可愛くラッピングされた何かを手渡してきた。びっくりして翔ちゃんの顔を見る。

「えっ!?」
「あはは、その顔! 開けてみろよ」

恐る恐るリボンを解いて袋を覗くと、クリーム色のチュールドレスと、ピンクを基調としたグラデーション色ボタンの付いたもこもこカーディガンが入っていた。可愛くてちょっとだけ目が潤む。

「えっ、えっ、何これ…」
「お前欲しそうにしてたじゃん。お揃いは無理だけど、それならヘアバンドの色にも合うと思って」
「翔ちゃん〜…」

さすがは彼氏様、わたしの好みを把握してる。ひらひらが可愛いチュールドレスを抱き締めると、翔ちゃんは満足そうに笑ってくれた。似合うよ、ともう一度言ってくる。

「ありがとう、超可愛い…」
「着るの楽しみだな」
「うん!もったいないくらいだよ…」
「俺も、脱がすのがもったいないくらい」

にや、と笑う翔ちゃんを軽く叩く。いつもはこういう下ネタみたいな冗談を言われたらバシッとするけど今日はご機嫌だから優しめ。翔ちゃんは声を上げて笑い、それからわたしを抱き寄せた。

「ぜってえ、可愛いよ」

きゅうん。嬉しくてときめきが止まらない。こんなに嬉しいことをされて、こんなに嬉しいことを言われちゃうと、ますます翔ちゃんのこと好きになっちゃう。これ以上がないのに、更にその上を行く。あんまり恋させないでほしいのに。

「ありがとう、翔ちゃん…」

ちゅ、とほっぺたにキスをすると、唇じゃないのが不満のようで、あっちから唇へキスをしてきた。それからもう一度。好き。好き。大好き。幸せを伝えるように唇を重ねると、翔ちゃんも嬉しそうに小さく笑った。

--------------------
この後お揃いのルームウェアを着てお互いのもこもこを触り合いますが、そのうち襲われてしまうパターンです。名前様、お付き合いありがとうございました。
20180104
(  )
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -