ただいまーっ、とドアを開けても部屋はしんとしていて誰もいない。あれ、翔ちゃんお仕事だっけか、なんてスマホを確認したけど連絡は入っていない。不思議に思いつつ荷物をそのへんへ放り、着ていたシャツをそうっと脱いだ。
「うわ、焼けてる」
キャミソール1枚になると痛々しいほど日焼けした肌が目に入った。彼氏がせっせとお仕事を頑張っているというのに2泊3日の旅行へ行っていたわたしは、最終日のプールをこれでもかというほど満喫して帰ってきたのだ。気持ち程度に日焼け止めを塗っていたとは言えさすがに炎天下に7時間、防げないものだってある。
「服が擦れても痛い…何か塗った方がいいのかな」
ぶつぶつ呟きながら翔ちゃんが帰ってくるまでに荷物を片そうとキャリーバッグを開ける。3日分の衣類や水着、タオル等を洗濯カゴに投げ込み、日用品を元の位置へ並べ直した。せっかくなら洗濯もしちゃおうかな、なんて思っていたら、玄関から鍵の開く音がする。
「翔ちゃん!?」
ガチャ、とドアが開くか開かないかのタイミングで飛び付くと、やっぱり翔ちゃんが、うおっ、と短く声を上げてわたしを受け止めてくれた。
「おかえり翔ちゃん!」
「ただいま。そっか、今日帰ってくる日だったか」
「そうだよ。翔ちゃんいないし連絡もなかったからどこ行っちゃったかと思った!」
「仕事だよ、仕事」
翔ちゃんはわたしを支えながら部屋に入り、ふとわたしから離れる。
「つーかお前服着ろよ」
「見て、こんがり焼けちゃった。真っ赤でしょ!」
「うわ、痛そ…」
焼けた肌を指差すと、翔ちゃんが顔を顰める。荷物をソファに置き、冷蔵庫から烏龍茶を取り出してコップにあけながら「プール行ったんだっけ?」と聞いてきた。今日は牛乳じゃないんだ。
「そう、意外と人多かったよ。もう夏休みも終わりなのにね」
「ふうん。家族連れ?」
「も、多かったし、カップルがほとんどかなあ。ナイトプールだと友達と来てる人が多いんだけど」
烏龍茶をわたしにも差し出してくれるから受け取って口をつける。ソファに腰掛けた翔ちゃんが隣を叩いて誘導するから素直に座った。久しぶりの翔ちゃん。
「しかしほんとに焼けたな…」
「やっぱり? やだなぁ」
「なんか焼けてる面積が多すぎる気がするんだけど」
「面積?」
「…だから、変な水着着てったんじゃねえだろうな」
じろっと睨まれる。翔ちゃんに見せてなかったっけ。あまりにも放任だからこちらも常に好き勝手してたけど、そっか、水着とかはちょっと妬くのかな。
「普通のビキニだけど、お腹はあんまり焼けてないよ」
「ビキニ!?」
「えっ、だ、だめだった?」
「…」
あ、唇が、尖ってる。拗ねた? 怒った? ビキニで? わからない。少し焦りながらそろそろと部屋を出ていき、洗濯カゴから水着を拾って帰ってくる。白地にピンクのお花が付いた可愛いビキニ。恐る恐る広げて見せたら翔ちゃんが盛大なため息を吐いた。
「それだけ?」
「えっ? こ、これだけ、だよ」
「ラッシュガードとかは?」
「特に着てなかった…」
え? もしかしてだめだった?
翔ちゃんはわたしに対してあんまり束縛をしないからわからない。ヤキモチとかはたまに焼くけど、束縛は一切してこない。なのに、ビキニはだめ?
「翔ちゃん…?」
「しかも白」
「えっ?」
「俺なんか着てるとこ見てもないのに」
本当に拗ねてるのかもしれない。水着を持ったまま翔ちゃんの隣へ戻ると、赤くなったわたしの肌をじっと見つめて嫌そうに顔を歪ませていた。そんなに嫌なのかな。
「それ脱いで」
「え? キャミ?」
「ん、早く」
言われるままキャミソールを脱ぐと真っ赤になった胸元と、一部白いままの肌が曝され、翔ちゃんが再度ため息。ブラ紐をずらしてまじまじと見つめてくる。
「お前さあ…ここまで焼けてるって…」
「もしかして他の人に水着姿見られるの、やだった…?」
「そりゃあ、やだろ。しかもこんなギリギリまで見せやがって」
あっさりとヤキモチを認められる。翔ちゃんの妬くポイントはちょっとわからない。男の子がいるグループで遊びにいっても特に何も言ってこないのに、女の子とプール行くのは嫌ってこと? わからない。でも、ちょっと嬉しい。
「周りがスタイルいい子ばっかだったから大丈夫だよ」
「何が大丈夫なんだよ」
「だって、頑張ったけどわたしが一番胸小さかったし…」
「…頑張ったって何を」
「谷間作り?」
「はあ〜〜…」
本日3度目のため息。何だか可笑しくて口許を緩めると、翔ちゃんがムッとしながらわたしの頬を両手で掴む。顔を近付けられたからキスするのかと思って目を瞑ったのに、違ったみたい。
「むかつく」
「怒ってるの?」
「怒ってはないけど…他の男に見られんのやだ」
やだなんて言い方、駄々っ子みたいで可愛い。でもこの状況で可愛いなんて溢せば怒られるどころではない。翔ちゃんの手にわたしの手を重ねて、おでこも重ね合わせる。
「ごめんね。先に聞けば良かったね」
「…、子供扱いしてんだろ」
「そんなことないよ、反省してる」
翔ちゃんが一瞬だけちゅっとキスをしてくる。3日ぶり。そのまま顔をわたしの肩口に埋め、焼けた肌にもキスをしてきた。
「っ、痛……」
「ふん」
「ちょっと翔ちゃん、痛いよ」
「痛いのは自業自得だろ」
「ふふ、いたっ、痛い」
ヒリヒリして服も着ていられないのに唇で刺激されれば痛いのも当然なんだけど、翔ちゃんがあまりにも可愛いから拒めない。ヤキモチ全開で素直に甘えてくるの、珍しい。たった3日会えなかっただけなのに。
「翔ちゃんとも泳ぎに行きたいけど、プールは無理だから海かな?」
「海外なら変装なくてもいけるかもな」
「海外行きたい!」
「ん、計画しとく」
アイドルは人目を気にしなきゃいけないけど、世間のカップルと同じようなことをなるべくさせてくれる翔ちゃんも大好き。もっと有名になったらそれも厳しいのかもしれないけど、今は海外の海でも一緒に遊べたらそれで満足だ。
「そしたら翔ちゃんも焼けるのかな」
「俺は赤くなって終わりだな、火傷みたいになる…」
「元々真っ白だもんね…」
「傷つくこと言うなっ」
羨ましいんだけどね。
ぴとってくっついたら翔ちゃんも抱き寄せてくれて、久しぶりに温もりを感じる。こうやってくっついてるだけでもどんどん好きになる。翔ちゃん、大好き。
「えへへ、幸せ」
「俺も」
「大袈裟だなあ」
「お前も同じだろ」
にこにこして見つめたら翔ちゃんもにこにこしてくれた。くっついているだけで好きになって、顔を合わせるだけで幸せになる。翔ちゃんってすごい。嬉しくて頭を肩に凭れ掛からせると、翔ちゃんが頭を撫でてくれる。
「あっ、頭皮も焼けたから痛いんだけど…」
「うるせえな、我慢しろ!」
ムードのない言葉にふたりで笑い、またくっつく。ただいま、我が家。
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普段は口に出さないだけで妬いてる翔ちゃんと、知らないから勝手に放任主義だと思っている様子です。名前様、お付き合いありがとうございました。
20170831
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