翔ちゃんが離れてくれない、気がする。
さっきから翔ちゃんはわたしの傍にべったり。お風呂上がったあたりからかなあ。別にシャンプーを変えたわけでもないのに髪の匂いを嗅いできて、そのまま後ろから抱き締められた。最初は甘えんぼしてるんだと思ったから可愛かったんだけど、ソファに座ってテレビを見てても、喉が渇いて飲み物を取りに行くときも、翔ちゃんは後ろからついてくる。うーん、おかしい。普段からべたべたしないわけじゃないけどここまで過度にべたべたはしてこないから何だか調子が狂っちゃうなあ。歯磨きするから、と部屋を出ていこうとしたら、俺も、なんて言って洗面所までついてきた。隣でシャコシャコ歯磨きをする翔ちゃんの様子を盗み見るように視線を飛ばすことしかできない。

「…」
「…」

翔ちゃんは何も言ってこなかった。わたしも何も聞けない。今日はどうしたの、なんて言ったら普段からこんなことしちゃいけないみたいに聞こえるかもしれないし、でも何かがあってこうなってるなら話を聞いてあげたいし…難しい。翔ちゃんはわたしにたくさんの言葉をくれるけど、こういうときは黙っちゃうんだよね。何を考えてるか分からないままに歯磨きが終わる。リビングに戻ろうとすると翔ちゃんはまた後ろからついてきた。子鴨みたい。

「…さて」

リビングに戻ったけどいい時間だし、そろそろ寝ようかなあなんて思って伸びをした。時計に視線をやったのを見てたのか、翔ちゃんは「もう寝る?」って聞いてくる。

「うん、そろそろ寝るよ」
「ねみぃの?」
「え、うーん、ぼちぼち…?」
「明日休みなんだよな」
「えっと、うん、そうだけど」

どうしたのって、聞いてもいいのかな。どうしたもんかと思っていたら翔ちゃんはソファに座ってちょいちょいと手招きをしてきた。招かれるままに隣に腰掛けると、翔ちゃんはわたしの髪を撫でてくる。

「俺もさ、明日は午後からだからちょっとだけ夜更かしできる…」
「ふふ、翔ちゃんの夜更かしはいつもでしょ」
「そうだけど、そうじゃなくて…」

翔ちゃんはちょっと恥ずかしそうにわたしを上目に見つめてきた。もしかして、一緒に夜更かししてほしいってこと? 意図は読めないけど翔ちゃんの隣に座り直した。今度は顔がくっついちゃうほど近くに座って翔ちゃんと肩をくっつける。ぴとってしたら、翔ちゃんはわたしの頬を両手で包んだ。

「なぁ、キスして、いいか…?」

翔ちゃんはわたしの頬を親指ですりすり撫でる。慎重に、丁寧に、わたしの許可を待ってる様子が可愛くてしょうがない。うん、と小さく頷くと、翔ちゃんはゆっくり顔を近付けてきた。瞼を閉じると、唇に優しく唇を押し付けられ、柔らかい感触にわたしも体の緊張を解いた。翔ちゃんとのキスは何度もしてるけど、未だに最初の1回は力が入っちゃうなあ。ちゅ、ちゅ、と翔ちゃんはたくさんキスを降らせてきた。何度か角度を変えながら、優しく重ねてきたり、甘く食んできたり、気持ちよくてうっとりしちゃう。そうしてリラックスしてきたら今度は、ぬる、と唇に舌が当たる。軽く瞼を開けると、翔ちゃんは待ちきれないとばかりに薄く目を開けてわたしを見つめていた。紅潮した頬が少しいやらしい。また唇を舌でなぞられて、今度は素直に唇を薄く開くと、翔ちゃんはそこへ舌を捩じ込んでわたしの舌を探り当てた。引き摺り出されるように舌を絡めとられて、思わず翔ちゃんの腕を掴む。

「ん…っ」

ほぼ吐息のような甘ったるい声が鼻から抜ける。翔ちゃんは舌を擦り合わせて感触を楽しむように絡めてきてたのに、わたしのこの声を聞いたら舌先を責めるように小刻みに舐めてきた。これに弱いから思わずびくっと体を離そうとすると、後頭部を手で押さえられて、更には翔ちゃんの腕を掴んでいた右手を翔ちゃんがしっかり掴んできた。逃がしてもらえないって感じの力の入れ具合にまたびっくりして腰が逃げる。気持ちいいんだけど、だめ、体から力が抜けてっちゃう。翔ちゃんは一度唇を離すと、唾液を舐めとりながらわたしに小さく笑った。

「そこ、弱いな」
「っ…うるさい…」
「照れても可愛いだけだっての。お前が逃げようとすんの、すげえ可愛くて苛めたくなる」
「なに言って…っ」
「ほら、だからその顔。すっげえ可愛い…」

翔ちゃんはまたわたしにキスをする。すぐに舌を入れてきて先端をじっくり責められた。びく、びく、と肩を跳ねさせる度に翔ちゃんが苛めてくる気がして、何だか居心地が悪い。翔ちゃんの胸板を押して抵抗しようにも体に力が入らないし、気持ちよすぎて言うことをきかない。翔ちゃんのキスはどんどん上手くなっていって、どんどん甘くなっていく。だらしなく開かれた口端から唾液が溢れそうになると、翔ちゃんが吸い上げて喉を鳴らした。唾液を飲まれるのだって、今も恥ずかしくて顔から火が出そう。

「ん、む…っあ」
「ん…」
「ふぅ、ん、ん」

翔ちゃんはわたしを抱き締めるように後頭部に置いていた手を背中に下ろし、もう片方の手でわたしの頬を撫でる。頬に触れる優しい手と強引なキスのギャップに心臓はばくばく高鳴っていた。翔ちゃんはわたしの体をゆっくり倒してくる。

「んんっ!?」

びっくりして目を開けると、翔ちゃんはソファへ足を上げてしまっていて、わたしの体を器用に倒して上に覆い被さってきた。こんなにスムーズに押し倒されるほど行為は重ねていない気がするけど、うぐぐ、かっこいい。翔ちゃんは舌で口内を貪りながら手をゆっくり体へ移動してきた。

「あっ、う、翔ちゃ…っ」

翔ちゃんの手がわたしの腰をなぞり、体が跳ねるとそれを追うように触れられる。漏れる声を食べてしまうように翔ちゃんが唇を塞ぎ、逃げ場がなくなってひたすら感じることを強いられているような状況に体温がカァッと熱くなっていった。恥ずかしい。

「翔ちゃん、まって、あ、まっ、て…っ」

唇が僅かに離れた隙に口早に言葉を漏らすと、翔ちゃんはじっとわたしを見下ろしてきた。余裕がなさそうにギラギラ光る瞳。わたしの頬を優しく撫でた。

「名前…っ」

熱の籠った声で名前を呼ばれると、体温がさらに上がっていくような感覚に体が浮きそう。どうしたらいいのか分からなくて翔ちゃんを見上げると、翔ちゃんはまたわたしの唇を塞ぐ。何度目のキスか、もう分からない。翔ちゃんの舌が熱い。翔ちゃんの手が体のラインを優しくなぞって、服の上から脇腹に触れる。

「っふ、あ…」

脇腹から胸へと手が滑り、そのまま柔く揉まれる。翔ちゃんの大きな手が胸を包んで、それがどうしようもなく恥ずかしくて、翔ちゃんの体をぎゅっと抱き寄せた。こんな明るい部屋で翔ちゃんに感じて恥ずかしい顔を見られるなんて、心臓が破けそうだよ。

「翔ちゃ、ん、あの、ね…」

恥ずかしさに耐えられずに耳許に唇を寄せると、翔ちゃんはそれをゆっくり引き剥がしてわたしを見下ろした。熱を孕んだ視線から逃れられない。翔ちゃんは切なそうに眉を顰め、それから軽く深呼吸をしてわたしから体を離した。

「…わり、ちょっと暴走した」

翔ちゃんが体を起こし、自分の髪をくしゃっと撫でる。あれ、やめちゃうの。恥ずかしさから逃れたくてやめてもらうことを望んでたはずなのに、いざ体が離れるのは少し寂しい。わたしも体を起こすと翔ちゃんは目も合わせてくれなくて、何だか胸がきゅうっとする。

「俺もそろそろ寝るよ。付き合わせてごめんな」

翔ちゃんは小さくそう言った。ちがう、そんなことを言わせたいんじゃない。そんなことを謝らせたいんじゃない。翔ちゃんはわたしのペースに合わせてくれて、多分わたしがしたいと思えるまで待ってくれている。でも、違うんだよ、したくないんじゃなくてただ恥ずかしいから、だから、翔ちゃんに我慢させたいわけじゃないんだよ。

「翔ちゃん…」

心臓が出てきちゃいそう。ばくばく言ってて自分の声すらよく聞き取れなくて翔ちゃんの袖をきゅっと握ったら、翔ちゃんはようやくわたしと目を合わせてくれる。まだ熱が冷めないような、獣染みた欲が滲み出ている、そんな目。

「あのね…」
「ん?どうした?」

ぽん、と頭に手を置かれる。翔ちゃんに我慢させてるのに、翔ちゃんはまだわたしの心配をしてくれる。嬉しいやら切ないやら、そしてこれから言う言葉への緊張やらで目頭が熱くなってきた。喉が締まって息がしづらい。

「翔ちゃん、あのね、」
「ん?」
「今夜、翔ちゃんの部屋に泊まっちゃだめかな…」

聞こえたかな、と心配になる。小さくて自分の耳にも届かないような声に心臓が煩い。翔ちゃんの喉がごくっと鳴って、そして少々乱暴に手を握られた。あ、き、聞こえてた、のかも。

「名前」
「は、はい」
「意味、分かってんの?」
「わかって、るよ」
「お前無理してない?怖くねえの?」
「それは、まだちょっとこわい、けど」
「だったら、」
「けどっ」

握られた手に力を込めて、翔ちゃんをしっかり見つめた。少し濡れたような目が光っている。

「わたしだって、翔ちゃんと同じ気持ちだよ…」
「!…でも、」
「だからね翔ちゃん…恥ずかしすぎるから、女の子に誘わせないで…」

翔ちゃんからの視線が熱くて思わず目を逸らすと、翔ちゃんは強引に手を引いてわたしを抱き寄せた。胸が近くなって、うわ、翔ちゃんの心臓もすごい暴れてる、なんて呑気に考える。

「なぁ名前、何でそんな可愛いんだよ…っ」
「え、か、かわいい?」
「はあ…心臓もたねぇ…」

翔ちゃんは、ちゅ、とわたしの頬にキスを落とすと、体を離して視線を絡めた。

「なるべく優しくするから…」
「今日こそは必ず優しくだからね…」
「い、いや、いつも優しくしてんだけどな…」

確かに翔ちゃんからの愛情はすごい感じるけど、優しいかと問われたらそうも言い切れない行為にわたしは苦笑いを漏らした。きっと今夜もめちゃくちゃに愛されて、気持ちよくてどうにかなっちゃうんだろうな。わたしは翔ちゃんの頬に手を伸ばすと、もう一度念押しするようにそれを撫でる。

「翔ちゃん、今夜こそ優しくお願いします…」


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したくなると引っ付いてくることが多い翔ちゃん。名前様、お付き合いありがとうございました。
20161221
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