よく晴れたけど寒いなあ。ホワイトクリスマスをちょこっと期待してたから残念だけど、雲ひとつないデート日和。結構ひとが多いところだからすごく心配したけど、翔ちゃんは大丈夫の一点張りで駅前を待ち合わせ場所にしてる。普段会うときはトレードマークの帽子を深めに被ってなるべく人気の少ないところに行ってるのに今日はどうしたんだろう。とりあえず駅前に着いたから翔ちゃんに連絡しようとスマホをポケットから取り出すと、隣の人とトンと肩が触れた。

「あっ、すいませ…、」

あれ?
そちらを見ると、翔ちゃんみたいな髪型で同じくらいの目線の男の子が驚いたようにわたしを見ていた。黒髪を毛先だけ遊ばせて、飴色の大きな縁の眼鏡を掛けている。黒のチェスターコートに黒のスキニー、黒の革靴と締まったコーディネートだけど、カーキ色のニットと足元から少しだけ覗く赤い靴下がアクセントになっていて落ち着いた組み合わせがわたしの好みだった。お洒落さんだなあ。

「ん?」

男の子はじっとわたしを見つめている。ほんのり赤い鼻先を見て、ずっと外にいたのかなあなんて思っていたら、男の子がにやあっと悪戯に口角を上げる。

「もしかしてバレてない?」
「えっ?」

男の子はにまにま嬉しそうに笑う。言葉の意味が分からず首を傾げると、男の子は自分の横髪を片方だけ耳にかけた。そのときに爪が黒に染まってるなあとは思ったけど、覗いた耳には翔ちゃんも付けてる透き通ったブルーのピアスが付いていてやっとピンとくる。

「もしかして、翔ちゃん…?」
「正解。やっぱバレねえだろ?」

翔ちゃんは小さく笑うとわたしの手に自分の手を重ねて指を絡める。ピアスとお揃いの綺麗な色の瞳も、今日はカラコンなのか落ち着いたブラウンになっていた。

「いつも通りとはいかねえけど今日は絶対バレない自信がある」
「ふふ、確かにこれじゃあバレなそう。でも堂々としすぎじゃない?」
「堂々としてた方がバレないって、こないだカミュ先輩が言ってたんだよ」
「そうなんだ。じゃあ今日のために染めたの?」
「これ黒スプレーなんだよ、意外と上手いだろ?」
「すごい、全然分かんなかった…!自然だね」
「まあな」

褒められて嬉しそうな翔ちゃん。わたしと繋いだ手を軽く引いて歩き出す。

「今日はまずどこ行くの?」
「こないだ藍が主演の映画が公開しただろ?お前が公開前から観たいって言ってたやつ」
「観たい!まさか!?」
「まさか〜?」

翔ちゃんはポケットから2枚のチケット取り出し、嬉しそうにチラッと見せてくれる。もう買っといてくれたんだ。

「ははあ〜翔さま〜!」
「苦しゅうない、面を上げよ」

しっかり手を繋いだまま笑い合う。翔ちゃんと交わすこういう冗談は友達のときと変わらない気がする。翔ちゃんは笑うときに眉間にシワを寄せて顔をくしゃってするんだけど、この笑顔が本当に可愛くて大好きなんだよなあ。友達のときと変わらずこういう表情が見れることは嬉しいことだったりする。勿論、それ以外の表情の方が増えたんだけどね。

「今度トキヤも映画出るんだって。俺も頑張らないとなあ」
「翔ちゃんだってこの前ドラマ終わったばっかでしょ?」
「そうだけど、大画面に映りたいじゃん!やっぱ映画はかっけえよ」
「大画面って…」

 翔ちゃんは十分頑張ってるのにな。これ以上人気が増えても困る、なんて言えないけど、複雑な心境だ。大画面に映りたいから映画に出たいなんて翔ちゃんらしい理由で口許が緩むけど、彼女の不安は絶えないんだからね。

「じゃあ今日は藍ちゃんの演技をしっかり見ないとね」
「おう。結構感動ものらしいけど、お前ぜってえ泣くよな」
「な、泣かないよ!翔ちゃんこそ泣くくせに」
「泣かねえよ!」

あはは、と笑い合いながら歩いていくと、大きな映画館がもうすぐそこ。大きなポスターに藍ちゃんが載ってるけど、いつ見ても綺麗な顔だなあ。

「あ〜…ドキドキする」
「早えよ」

チケットを買うためにすごい行列ができてるけど翔ちゃんのおかげでスムーズに入ることができる。そういえばこの前水族館に行ったときも事前に買っといてくれたから全然並ばなかったんだよね。そういう細やかな気配りが嬉しくて翔ちゃんの肩にトンと頭をくっ付けた。

「何だよ、もう泣きそう?」
「いや泣かないってば」

からかってくる翔ちゃんを適当にあしらいながら並び、ジュースとポップコーンだけ買って次にスクリーン入り口に並ぶ。翔ちゃんが持ってくれて両手が塞がってるからわたしが勝手に翔ちゃんのポケットからチケットを取り出した。ずっと観たかった映画だから何だかドキドキするなあ。

「…やっぱ泣くかな」
「別に泣いててもいいんだぞ」
「翔ちゃんも一緒に泣いてね」
「俺は泣かねえよ!」

係の人にチケットを見せてスクリーンに入る。ええっと、一番後ろの、真ん中かあ。いい席取ってくれたなあ。翔ちゃんは席につくとiPhoneの電源を落としてコートを脱いだ。わたしも電源落とさなきゃ。予告が始まると翔ちゃんはポップコーンを頬張りながら新作映画を熱心にチェックしていた。





結論的にはこうだった。

「う…ぐ、ぅ…っ」
「…っ、…」

ふたりしてボロ泣き。藍ちゃんの演技力は本当に完璧だったし、ストーリーも甘く切なく絶妙なバランス。その他役者さんも豪華でひとりひとりが適役としか言えないような配役で、心を鷲掴みにされて止まらない涙をどう止めようか悩んでるところ。エンドロールが終わる前に泣き止もうと何度もハンカチで涙を押さえて瞬きを繰り返すけどなかなか熱は引いてくれない。それでも何とか館内が明るくなる前には泣き止むことができて、そっと隣に視線をずらすと、目と鼻が真っ赤な翔ちゃんがしれっとした顔で座っていた。いや、泣いてたよね。エンドロールが終わり、館内が明るくなる。

「…」
「…」

お互い声は出さなかった。翔ちゃんは何でもないような顔でコートを羽織るけど、鼻がスンスン言ってた。わたしもコートを羽織って鞄を持つ。翔ちゃんは何も言わず、ジュースとポップコーンのゴミを持って立ち上がり、わたしはそれに続いた。スクリーンを出てそのまま並んで歩く。

「翔ちゃん、御手洗い行ってきてもいい?」
「あぁ、俺も行く」

やっと一言声を掛けたけど返ってきた声はやっぱりいつも通りの声じゃなかった。翔ちゃんの涙声なんて滅多に聞けないから可愛くて思わず笑みを溢す。
軽く化粧を直してから御手洗いを出ると、翔ちゃんはコートのポケットに手を突っ込みながら待ってくれていた。かわいい。駆け寄ったらわたしに気付いてニカッてしてくれる。この瞬間がすごく好きだったりする。翔ちゃんはまたわたしの手を取って指を絡めると、しっかり繋いでから歩き出した。

「次はどこに行くんですか」
「どこに行くと思いますか」
「うーん、どこだろう、ヒントは?」
「ヒントは、俺がしたいって言ったらお前もやってみたい気がするって言ってたところ」
「やってみたい気がする…?うーん、何だろう」
「自信ないらしいけどやる気はありそうだったぜ」
「…分かった」

にやっと笑うと翔ちゃんもにやっと笑った。もしかして、ボーリング?

「ちなみに初心者にも優しく教えてくれる先生はいますか」
「お前の隣にめちゃくちゃ優しい先生がいますけど」
「じゃあやってみる!」
「そうこなくちゃ!」

翔ちゃんはわたしと喋ったことをきちんと覚えててくれるから嬉しいなあ。ボーリングの話はかなり前にした気がするんだけど、小さい頃にやってすごく下手だったから今度はちゃんとやってみたいって言ったんだよね。翔ちゃんは、ふうん、コツさえ掴めば簡単だけどな、って言ってただけで行こうとも連れてくとも言われてなかったけど、こういうのすごく嬉しい。着いたのはやっぱりボーリング場で、翔ちゃんは「当たってた?」ってにやにや聞いてくる。好き。
中に入ると結構混んでいた。冬休みに入った学生で賑わってる感じかなあ。名前を書いて受付に紙を出すと30分くらい待つことを告げられたけど、了承してベンチに座る。翔ちゃんといるとずうっと喋っていられるから待つことが全然苦じゃないんだよね。

「藍ちゃんの表情すごくなかった?」
「急にそこから話し始めるのかよ」
「だって全然感想言ってこないから」
「余韻がすげえんだよ!藍のやつ撮影もかなりスムーズにいったって言ってたけど、あんな難しい役をよくサクサク進められるよなあ…」
「ほんと難しい役だったね。言葉でなく表情で伝えなきゃいけないシーンが印象的だったなあ」
「俺もあそこで泣いた…」
「俺もって何?」
「だって泣いてたじゃんお前。あのシーン入ってすぐにハンカチ出してたくせに」
「見ないでよ!」

バシッと翔ちゃんを叩くと、翔ちゃんはおっきい声で笑ってから慌てて自分の口を塞いだ。翔ちゃんの笑い方は特徴的だから外では注意しなさいってこないだトキヤくんに言われたんだって。その様子が面白くてわたしも吹き出すと、翔ちゃんがまた小さい声で笑い出す。周りに秘密でこっそり笑い合うのって、なんか素敵だな。

「ていうか翔ちゃん泣いてるんじゃん」
「お前が泣いてたから一緒に泣いてやったんだろ」
「はいはいそういうことにしといてあげる」
「ほんとだって!コンタクトもちょうど乾いてたし!」
「苦しい言い訳だなぁ」

笑ってたらアナウンスで受付に呼ばれた。あれ、もう30分経った? 翔ちゃんといると本当にあっという間で、待つのも待ってる感じがしない。エレベーターで上の階に上がると、ずらりとレーンが並んでいた。わたし達は16のレーン。

「まずは靴を借りに行くぞ。それからボールな。軽いのはコントロール重視、重いのはパワー重視なんだけど、まあ好きなの選べよ」
「じゃああれにする!」
「早えよ、持ってから決めろっての」

靴を借りてボールの前に来ると、いろんな色のボールがあって可愛かった。あれにする、って言ったのがこのピンクのボール。翔ちゃんカラーだからこれがいいなって思っただけなんだけど、持てるかな。

「これ中指とどこ入れるんだっけ?」
「薬指な。持ち上げてみてあんま指がキツすぎないの選べよ」
「結構重いなぁ…!でもいい感じ!」
「8ポンドで重いのか?ま、それでいいか」

翔ちゃんはちょっと離れたところから黒のボールを持ってきた。こんなにたくさん色があるのに何でそんな可愛くない色を…って思ったけど初心者は意見しない。翔ちゃんは手元の画面を操作すると、ゲームが始められるようにしてくれた。画面におっきくふたりの名前が載るだけでちょっとした幸せ。

「翔ちゃん見て!名前出てる!」
「そんなことが嬉しいのかよ、可愛いやつ…。じゃあ俺から投げるからちゃんと見てろよ」
「う、うん」
「持ち方はこう、重たいだろうから投げる前は左手で支えとけよ。レーンの手前に小さい三角のマークがあるだろ?あれの中心に真っ直ぐ直線上に転がすイメージで投げるんだよ。こう…やって!」

翔ちゃんは説明しながら投げてくれる。ボールは勢いよくレーンを転がり、パァンと音をさせてピンに当たった。ちょうど真ん中に当たったからピンがバラバラ倒れ、一番左のピンだけが1本残る。

「残っちまったか…」
「す、すごい!翔ちゃんボーリング上手いじゃん!」
「たまにレン達と行ったりするんだよ。あいつすっげえ上手えの!教えてくれないけどな」
「ふふ、想像つく!」
「だろ?そんで、ああやってピンが残った場合は次も俺が投げられるんだよ。今度はこっち側のピンを倒したいからこっちに真っ直ぐ行くようにここから投げる。ほっ!」

翔ちゃんはさっきよりも緩やかな投げ方でボールを転がした。コカン、と小さな音がしてピンが倒れる。コントロール上手いなあ。

「上手…!ほんとに上手いよ翔ちゃん!」
「へへ、まあ真っ直ぐに投げてるからな。カーブとか付けるとまた違うんだけど、お前にはまずは真っ直ぐ投げるのを教えないといけないから」

画面が切り替わって翔ちゃんのスコアが出る。今度はわたしの名前に色が付いて、何だかドキドキしてきた。

「じゃあお前の番、やってみて」
「う、うん、まず真ん中ね」
「そうそう、しっかり狙えよ」
「わかった…!」

震える手でボールを持つ。真っ直ぐ、真っ直ぐね。よたよたと歩いて真ん中目掛けて手からボールを離すと、ボールはゆっくり転がっていって真ん中のピンによたよた当たっていった。音がほぼしない。

「う、お、ぉ…」

つい声が出たら翔ちゃんが隣で笑っていた。真ん中に当たったのはいいけど、サイドに2本ずつ残っちゃって、トータル6本。翔ちゃんが、あー、と声を漏らした。

「スプリットか」
「スプリット?」
「両サイドにピンが残る状態のことな。あれを全部倒すのは難しいからまずはどっちかを狙った方がいいぜ」
「ミギ ニ スル」
「何でカタコトなんだよ」

笑う翔ちゃんを他所にごくりと唾を飲み込んだ。ボールが戻ってきたのを確認して深呼吸をすると、右のピンをよーく狙う。当たれ…!

「あー…」
「あー…」

翔ちゃんと声が揃う。あと少しのところをゴロゴロ転がっていって、ボールは何にも当たらずに落ちていった。ガーターってやつだ、これだけは知ってる。しゅんと肩を下げたら翔ちゃんはわたしの頭にぽんと手を乗せてきた。

「バーカ、初めから上手かったら俺が先生の役目を果たせねえだろ!2ゲームあるんだし少しずつ習得してこうぜ!」
「宜しくお願いします…」
「いや落ち込みすぎな」

わはは、と笑う翔ちゃん。だから声大きいよ。でもレーン内はがやがやしてるからどんなに大きい声で笑っても全然目立たない。こういう状況に紛れて翔ちゃんの袖をちょいっと掴む。

「ありがと!翔ちゃん好き!」
「っ…お前なぁ」
「おっきい声で言っても周りには聞こえないんだもん」
「あー、くそ…、超可愛い…」
「え?なに?」
「俺も大好きって言ったんだよ!!」

翔ちゃんも声を張ってわたしに言ってきたけど、さすがにそこまで声を張ったら聞こえちゃう気がする。可笑しくて笑ったら翔ちゃんも笑って、ボールをタオルで拭いていた。2投目にいくらしい。

「じゃあ愛の力でストライクを出しますか!」
「それはさすがに寒すぎ」
「いや最後まで乗ってこいよ…」

意気込んだ翔ちゃんはフラグ回収とばかりにガーターを出し、愛の力ねぇ、と拗ねたふりしたわたしに笑顔を見せて誤魔化そうとし始める。その後スペア取ってくれたけどね。わたしが投げる番になると丁寧に熱心に教えてくれて、わたしのスコアもぐんぐん伸びていった。伸び始めると楽しいんだ、これが。

「…お前ほんとに初心者?」

1ゲームが終わって、スコアは97。最後にやったときは50以下だった気がするけど、翔ちゃんの教え方が上手かったからかなあ。

「翔ちゃん、ボーリングすっごい楽しいね!」
「だろー?お前って普段全然スポーツしねえけど、こういうのならやりやすいと思ってさ」
「運動させる計画だったの」
「だって彼女と運動すんの、憧れるじゃん」

じゃん、って知らないけど、そうなんだ。翔ちゃんはいろんなスポーツが得意だろうけど、日頃運動不足なわたしをあまりハードな運動には付き合わせないでほしいなあとぼんやり願った。ボーリングなら大歓迎だけどね。でも翔ちゃんのスコアは167でわたしとちょうど70差、相当上手い気がするんだけど…。

「2ゲーム目は勝負するか?」
「ねえ、スコア見えてる?」
「やるからには当然勝ちを目指すからな!」
「初心者相手に容赦なさすぎ」

翔ちゃんが画面を操作して2ゲーム目へいった。ここからはもうほぼ翔ちゃんに教わらず、1ゲーム目で掴んだ感覚でどんどん投げていく。たくさん倒れて嬉しいし、スペア出せたら翔ちゃんがハイタッチしてくれる。ボーリング、すごい楽しい! スコアがぐんぐん伸びていって、ガーターが減っていった。翔ちゃんは4回連続でストライクを出してかっこいい。隣のレーンにいた男子高校生も翔ちゃんの連続ストライクには、おぉ、と盛り上がりを見せていた。

「ラストだけど、言い残すことない?」
「死刑前かよ」

ふーっ、と息を吐いたら翔ちゃんが笑わせてくる。スターリッシュでも大体ツッコミのポジションにいるからか、テンポよく返してくれて毎度クスッときちゃうんだよね。翔ちゃんはわたしの肩をトンと叩く。

「ラストかっこいいの見せてくれよ!」
「プレッシャーかけないでよ…!」
「ち、ちげえよ!普通こう言われたら気分あがんだろ!」
「わたしは別にかっこいいって言われてテンション上がんないから!」

ふーっ、もう一度深呼吸してボールを持つと、翔ちゃんが一番最初に教えてくれたように三角のマークを意識してグワッと投げた。あ、力みすぎた、かな。心配になって目で追うと、ボールは勢いよく転がってド真ん中にスパンと当たる。ゴロゴロとピンが転がって、何もなくなった、ように見えた。

「え?」
「おおお〜!」

翔ちゃんに後ろからガシッと抱きつかれた。え、え、と声を漏らすと、画面に大きく“ストライク!”の文字。うそ!

「ええええ翔ちゃんストライク!か、かっこいい!」
「かっこいいな!ほんとにラストに決めてくれんじゃん!」
「ボーリング最高!」
「だろー!?いやお前ほんと才能ありすぎ!」

既に終わった気でいたけど、翔ちゃんに最後はストライクかスペアを出せば3回投げられると言われて渋々ボールを持ち上げた。ストライクで終わっていいのに。結果、7本と1本倒れて終わり、スコアは126ってかなりいいんじゃない?嬉しくてにまにましてると、翔ちゃんは大人気なく自分のスコアを自慢し始める。

「勝った〜!見ろ俺のスコア!惚れた!?」
「まずわたしのスコア褒めてよ!」
「まずな、初心者なのに頑張ったな〜!すごい!で、俺のスコアは?」
「うんうんはいはいすごいすごい」
「だろ〜!勝負するからには絶対勝利!」
「ほんと大人気ない…」

隣のレーンの男子高校生達は翔ちゃんのスコアに大興奮してて、それが聞こえてる翔ちゃんも嬉しそうににまにましていた。194は確かにかなりの高スコアだよね。翔ちゃんは満足そうに靴を脱ぎ始める。

「勝者には何かご褒美があるはずだよな!」
「えー…、何がいい?」
「すっげえ嫌そうだな」
「負けたの悔しい…」
「お前ほんとに自分のスコア分かってる?初心者なんて嘘みたいにマジですごいんだぞ!」

慌ててフォローを入れてくる翔ちゃん。でもわたしだって翔ちゃんと同じく負けず嫌いなんだもん、翔ちゃんも知ってるくせに。

「…リベンジ」
「え?」
「今度またリベンジするから!」
「ははっ、おう!いつでも付き合ってやるよ!」

靴とボールを返して下の階に下り、お会計を済ませる。次は音也達も連れてきたいだの、こないだ真斗の練習に付き合っただの話してくれる翔ちゃんに相槌を打ちながら外に出ると、もうすっかり真っ暗になっていた。早いなあ。

「お腹空いたね、次はどこ行くの?」
「次はお待ちかねのレストランだな!」
「待ってました!」
「だと思った!俺も実は腹鳴ってた」
「いや、俺もって何」
「お前鳴ってなかった?」
「鳴っ…てないし!」

鳴ってたかもしれない。
翔ちゃんは指を絡ませると寒いからってそのまま自分のコートのポケットに招き入れてくれた。人前でくっついて歩けるなんてなあ…。嬉しくて小さく笑ったら翔ちゃんもちょっとにやけてた、かわいい。翔ちゃんはちょっと荷物を出したいって言って一旦駅前に戻ってロッカーから結構大きな紙袋を取り出す。もしかしてプレゼントなのかなって内心びびった。あんなおっきいもの、何が入ってるのか想像つかないし、わたしのプレゼントはお返し程度にもならないかなって思っちゃう。なるべく顔に出さないようにして翔ちゃんに連れられてまた歩き出した。翔ちゃんは歩いてる間にも、あそこの店が美味かった、ここの店は穴場だ、と説明してくれる。大体は撮影後に連れてってもらって知るみたいだけど、翔ちゃんはラーメンが好きだからたまにひとりでも開拓しに行くらしい。

「とーうちゃく!」

翔ちゃんが連れてきてくれたのは高そうなホテルのレストランだった。ひえ、と声を漏らすかと思った。中はキラキラしてるし、カジュアルめな格好してるひともたくさんいたから全然平気だろうけど、一応お洒落してきて良かった。案内されて窓側の席につくと、翔ちゃんはわたしの顔をじっと眺める。

「ここ、デザート美味いんだって」
「来たことあるの?」
「まさか。先輩に教えてもらったんだよ」

そっかあ、こんなとこ連れてきてくれる日が来るなんて思わなかったなあ。付き合い始めた頃なんか今日のデートからは想像もできないくらい男友達と過ごすようなところに連れ回されてたもんなあ、あれはあれで楽しかったけどね。緊張してそわそわすると、翔ちゃんは楽しそうに笑う。

「はは、お前緊張してる」
「だってこんなすごそうなところ初めてだもん!」
「俺も初めて。わくわくするよな!」

翔ちゃんは笑うとぐっと幼くなる。この可愛い笑顔でわたしの緊張なんか一瞬で吹き飛ばしちゃうんだもんなあ。わたしの表情も少し緩くなる。

「ふふ、そうだね」

料理が出てくるのを待ちながら、わたし達はまた他愛もない話を繰り広げた。
料理はコースで、前菜が2品、メインのお魚料理、お口直し、それからお肉料理、デザートだった。どれも彩り良くて上品、味付けも優しくてぺろっと平らげちゃった。翔ちゃんが言ってた通りデザートが本当に美味しくて、クリスマスをイメージした季節限定のホワイトチョコのケーキにベリーソースでアートされた仕上がりがとっても綺麗だった。苺もサンタさんのようにデコレーションされて、食べるのが勿体無いくらい。落ち着いた雰囲気で楽しく食事が終わり、食後のコーヒーが出されたからわたしはせかせかと砂糖を入れていく。

「お前ほんと甘党だよな」
「甘党なんじゃなくてコーヒー限定!これ苦すぎるもん!」
「確かに最初は苦いけど…慣れるとこれが癖になるんだよな」
「やだ、翔ちゃんはコーヒー飲めないイメージでいてほしいからそういうこと言わないで」
「お子さまイメージ持ってんじゃねえよ」

レストラン内だから一応笑い声は控えめにする。スプーンでザリザリかき混ぜていると、翔ちゃんは少し照れ臭そうに、足元に置いてあった紙袋から可愛くラッピングされた箱を取り出した。

「あのさあ…、はいこれ。クリスマスプレゼント」
「ええっ、おっきい!」
「一応俺なりにいろいろ考えたんだけど…開けてみて」

やっぱりさっきのやつはプレゼントだったんだ。ドキドキしながらリボンを解いて箱を開ける。すると、中から小さなクリスマスツリーが出てきた。

「わあっ、可愛い…!」

キラキラ輝くクリスマスツリー。全体的にシャンパンゴールドのラメが降りかかっていて、落ち着いた赤のリボンとポップな色のガラスボールを中心とした飾りつけがされてある。ひとつひとつの飾りつけが可愛くてついテーブルに置いてため息をついた。

「翔ちゃんありがとう、すごい綺麗だよ」
「良かった。って言いたいところだけど、それで終わりじゃねえんだよ」
「え?」
「飾りつけ、ちゃんと全部見て」

翔ちゃんは照れ臭そうであんまり目を合わせてくれない。どういう意味か分からなくてクリスマスツリーに視線を戻した。小さな星や、小さな靴下の飾りつけもある。見ていて思わず笑みが溢れるような可愛い飾りつけばかりで嬉しくなっちゃうけど、翔ちゃんの言葉の意味が相変わらず分からない。ふとツリーのてっぺんの飾りつけを見ると、星にあるものが引っ掛かっていた。

「あっ!」

小さく声を出して翔ちゃんを見ると、翔ちゃんは嬉しそうににやあって笑ってくれた。星に引っ掛かっているそれをひょいっと取り上げると、翔ちゃんはわたしの右手をそっと持ち上げた。

「そ、指輪。お前にあげたいものって考えたらこれしか出てこなかった」
「翔ちゃん…!」
「やっぱり、シンプルだけど似合うな。これにして良かった!」

翔ちゃんは薬指に指輪を嵌めてくれて、幸せそうに笑った。思わず目頭が熱くなる。ああ、どうしよう、こんなところで泣きそうだよお。翔ちゃんのそんな幸せそうな顔見たら、ますますやられる。

「翔ちゃん、ありがとう…っ」
「泣くの早えって。それにしても、ほんといい指輪だなー、俺もしたくなってきた」
「翔ちゃんも指輪欲しかった?」
「うん、俺もしたい」

お揃いのパーカーじゃなくて指輪にすれば良かったかなあ、なんて一瞬思った。だけど翔ちゃんは今度はわたしの左手を取ると、ぎゅっと手を握ってくる。

「だから、俺にもしてくんね?」
「!!!」

翔ちゃんが握らせてきたのは、わたしに嵌めてくれた指輪と同じデザインの指輪。もしかして、ペアリング? 耐えきれなくてぼろっと涙が溢れたけど、わたしはこくこく頷いてから翔ちゃんの右手を持ち上げる。

「う、ふ、ぇ…っ、しょ、ちゃ」
「何で泣いてんだよ、お揃いで嬉しくねえの?」
「うう、うれしいぃ…っ」
「ははっ、じゃあ泣くなって」

ぐすぐす涙が止まらない。翔ちゃんは相変わらず幸せそうに笑うばかりで、わたしのことをじっと見ている。幸せ、幸せすぎる。言葉にできない愛しさが溢れてきて、それが涙となって溢れ出す。翔ちゃんのことが大好きで大好きでどうしようもない。言葉で言い表せないよ。

「あとさ、これは、お前を困らせるかもしれないけど、聞いて」

翔ちゃんはふと真剣な声を出す。とりあえずハンカチで涙を拭い、翔ちゃんの方を見つめると、翔ちゃんは顔も真剣そうだった。そっとわたしの手に自分の手を重ねてくる。

「俺さ、名前のことが欲しい。本当にお前のことだけが欲しいんだよ。大好きだし、愛してるし、俺にはお前しか考えられない。これからもずっとお前と一緒にいたいと思ってる。今までのお前も、まだ俺が知らないお前も、全部俺だけのものにしたい。だからもっとお前のことを知りたいんだ」
「翔ちゃん…」
「…意味、分かるよな」

分かるよな、って言われると、ど、どういう意味?なんて聞きにくい。つまりはどういう意味なんだろう。テンパって首を傾げる。何となく翔ちゃんと目が合わせられない。

「つまり、え、っと……プロポーズ…?」
「バカちげえよ!いや、意味的にはそんな感じなんだけど、いやいやそうじゃなくて、いや、だからあのー…、」

あ、なんだ、プロポーズじゃないんだ。結婚なんて全然考えてなかったけどちょっとがっかりした自分もいて、わたし翔ちゃんと結婚したいんだなあなんて自覚する。チラッと見てみると翔ちゃんの顔が燃えるほど赤い。

「翔ちゃん…?」
「えっ、あ、だ、だから…っ」

翔ちゃんの視線はふよふよさ迷う。結局はどういう意味なんだろう、なんて思ったら、翔ちゃんがキッとこちらを睨んできた。うおお、なに、どうしたの。

「だからっつまりっ」
「はい」
「……取ってあるから…」
「はい?」
「だから部屋…、この上に、部屋取ってあるっつってんの……」

部屋取ってある。
部屋取ってある?
頭で理解する前に顔からボンッと火が出た。かと思った。部屋取ってあるって、ええっと、そ、そういうことだよね。ああなるほど、もっとお前のこと知りたいね、ははあ、な、なるほど。恥ずかしくて翔ちゃんの顔が見れない。

「えっあっ、そっ、そう、なんだね」
「なぁ、名前」
「は、はい」
「嫌ならちゃんと言っていいからな。俺はお前の気持ちを尊重したい。俺が言った意味、ちゃんと理解したなら答えてくれ」
「あ…、う」
「名前」

重ねられた手に力が籠る。恐る恐る翔ちゃんの方を向くと、翔ちゃんは真剣な顔でわたしをじっと見つめていた。真っ赤な顔をしているのに、視線は逸らしてくれない。

「今夜、俺と泊まってくれませんか?」


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今回は翔ちゃんお任せデートにしてみました。サプライズは張り切っちゃう翔ちゃん。名前様、お付き合いありがとうございました。
20161217
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