「ただいまー」

お風呂にお湯溜めるねって言ったら、その間に軽くジョギングしてくるって言って翔ちゃんが出ていってから1時間。普段全く運動しないわたしからしたら1時間も走れば全然軽くない運動だけどなあ。感心しながら雑誌から顔を上げると、リビングに入ってきた翔ちゃんはタオルで汗を拭いていた。

「おかえり。そのままお風呂入ってきな?」
「俺先でいいのか?」
「うん、冷えたら寒いでしょ」
「じゃあお言葉に甘えて…サンキューな!」

翔ちゃんは鼻唄を歌いながら浴室へ向かう。この前出したシングルの曲だ、なんて思いながらわたしも頭の中で一緒に歌った。翔ちゃんはこうして歌を口ずさんでることが多くて、次の曲は内緒だから楽しみにしてろよ!なんて言ってる曲ですらたまに無意識に歌ってるからバレバレで面白い。わたしも気づかない振りをして笑いを堪えるのに苦労する。

「つ〜ぎはもぉっといけ〜そうだぜ〜!」

浴室から聴こえる声が鼻唄じゃなくなってきてる。可愛くてにまにましながら雑誌に視線を戻したら、翔ちゃんは更に上機嫌で歌い続けた。反響するのが気持ちいいのか、翔ちゃんはお風呂でよく練習してるもんね。微笑ましく思っていたのに途中でそれが止み、何かと思えば翔ちゃんがリビングのドアをガチャッと開ける。え、何で戻ってきたの。

「なあ、今朝聞くの忘れてたけどシャンプーの替えある?」
「えっあっ…?」

顔が、ぶわわ、ぶわわ、って熱くなってくのを感じた。翔ちゃん、服脱いでて、下は穿いてるんだけど、上半身が!

「あ、あると、思う…」
「ん?どうしたんだよ?」
「えっ」
「顔赤くない?」

翔ちゃんがずんずんこっちに近づいてくる。ひっ、と声を漏らしそうになったのを必死に堪えた。視線をどこに向けたらいいのか分からなくてそよそよ泳がせていたらあっという間に目の前まで来ちゃった翔ちゃんがわたしの顔を覗き込んでくる。

「お前、どこ見てんの?」
「へあっ…あ…あの、翔ちゃん…」
「ん?」
「だ、だめ…」

ぎゅう、と目を閉じると翔ちゃんはますます疑問そうな声を漏らす。ううう、心臓に悪い。どきどきする胸を押さえると翔ちゃんは心配そうにわたしの背中に手を添えてきた。

「お、おい、どこか痛むのか?」
「うう…」
「おいっ、」
「シャンプー持ってくから、お風呂で待っててよぉ…」
「はっ?」

目を開くと心底心配そうな顔をしてる翔ちゃん。上半身裸なの分かってる?そんな体見せつけて、変なこと思い出しちゃうじゃん。

「だから、翔ちゃんのこと、み、見れないから」
「…?何でだよ?」

頭にハテナマークをたくさん浮かべてる。男のひとからしたら普通かもしれないけど、でも、でもさあ、意識しちゃうよ。

「服着てないから目のやり場に困るの!」

思いきってそう言うと、翔ちゃんはハッとしたように目を見開いてから徐々に頬を染めていった。ぽぽぽ、とピンクになっていく。

「お…、わ、わりぃ…」
「…」

気まずそうに視線が逸らされて、わたしもどうしていいか分からなくて下を向く。そっか、そういうもんか、とぼそぼそ言葉を漏らす翔ちゃんに何も言ってあげられないし恥ずかしくて顔が見れない。翔ちゃんはその気まずい雰囲気に耐えられないとばかりに笑って見せた。

「いっそこのまま一緒に風呂入っちまうか!」
「えっ!?」

思わず声が裏返る。焦って翔ちゃんの顔見たら翔ちゃんもわたし同様すっかり真っ赤になってて、慌てて「な、なんてな」って笑ってる。心臓に悪いことばっかりして憎い。ぷいっと顔を反らすと、翔ちゃんがわたしに顔を近づけた。

「…何慌ててんだよ」
「えっ」
「同棲してんだし、一緒に風呂入ったっていいだろ」
「なっ…、待って、それはあの、」
「何だよ」

翔ちゃんだって、顔真っ赤じゃん!
恥ずかしいくせに誘ってくる意味が分からなくて頭がぐるぐる回りそう。翔ちゃんの裸を見るだけでこんなに恥ずかしいのに、わたしも裸にならなきゃいけないってことでしょ?そんなの恥ずかしすぎる。

「だ、だめだよ翔ちゃん」
「何でだめなんだよ」
「だって、そ、それは…」
「恥ずかしい?」

こくこく頷いたら翔ちゃんはやっと小さく笑ってくれて、わたしのおでこに優しくキスを落としてきた。視覚的暴力の上に、き、キス。

「俺も。すっげえドキドキしてる」
「ほ、ほんと…?」
「ほんと。俺だってそういうのは恥ずかしいし、俺らまだ全然そういうの慣れてないだろ。でも少しずつ俺らのペースで進みたいとは思ってる」
「わたしたちの、ペース…?」
「そ。無理にとは言わねえけど、ふたりで風呂入るのって憧れるじゃん。いつかしてくれよな」
「あ、憧れるの」
「当たり前だろ!湯船ん中でお前のことずっと抱き締めていられるんだぞ」
「そ、それは、そんなことされたら、わたし…っ」
「はは、顔真っ赤!」

翔ちゃんはわたしの頬を指で触れて可笑しそうに笑う。そんな翔ちゃんの顔だって真っ赤だから、たぶん、翔ちゃんだって緊張してるんだと思う。それでもこうしていつも翔ちゃんから誘ってくれて、言葉にして伝えてきてくれる。わたしも、応えなきゃ。

「あ、あの…っ、今はちょっとまだ、心の準備とか、あるんだけど、また今度一緒に、入る…?」

心臓が口から出そう。ばくばく鳴ってる心音に負けて自分の声すらよく聞こえないけど、翔ちゃんにはちゃんと届いたようでニカッと大好きな笑顔を向けてくれた。これ、安心する。

「おう!ありがとうな」

翔ちゃんは嬉しそうにわたしの頭を撫でてくれた。3年目にしてまだこんなことで恥ずかしがってるわたし達だけど、これから少しずつ一緒に進んでいけるといいなあ。

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翔ちゃんの言う「なんてな」が本心すぎていつも笑ってます。名前様、お付き合いありがとうございました。
20161201
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