ただいまぁ、と力の抜けた声が出て、聞こえてんだか聞こえてないんだか分からなかったけど声を張る気力もなかった。靴を脱ぎ捨てて鞄を床に落とすと、こちらへ向かってくる足音が聞こえる。お出迎えなんて愛されてるう。

「お帰りなさい、遅かったですね」
「トキヤー」

ぎゅうっと抱き付くとトキヤもわたしに腕を回してくれる。あぁ幸せ。トキヤの匂いを吸いたくて深呼吸するとトキヤが少し眉を顰めながらそっとわたしを引き剥がした。

「ほら中へ入りますよ。御飯にしますか?」
「んー…食欲ない…」
「そんなこと言ってるからバテてしまうんです。さっぱりしたものを作りましたから食べてください」
「でも…、あ、先シャワー浴びようかな」
「また湯船に浸からないのですか?冷房病になってしまいますよ」
「はいはい」

通常運転の過保護っぷりに思わず口が緩んでくる。リビングに入ると一直線にソファへ向かって倒れ込むようにそこへダイブ。後でいろいろするから少しだけ、一旦こうさせて。

「名前?」

すっと目を閉じたわたしを追ってトキヤが隣に腰を下ろす。今は何も考えたくない。何も話したくない。現実から逃れるように目を瞑って黙り込むと、トキヤの大きな手がわたしの頭を遠慮がちに撫でた。少しだけ目を開いてトキヤに視線を向ける。

「ときやぁ…」
「どうしたのです?」

優しくて穏やかな笑顔。わたしの甘えるような声色で全部察してくれたようで、甘やかしモードに入ってくれたトキヤがわたしの頭を優しく何度も撫でてくれた。心地好い。

「今は何も考えたくない」
「…」
「トキヤ、ちゅうして…」

体を起こしてトキヤの頬を撫でると、トキヤは何も言わずにキスをしてくれた。軽く重なる唇が柔らかくて気持ちいい。それを、ちゅう、と吸い付くように動かされ、何度か重ねてから唇を挟まれる。う、わ、これ本当に気持ちよくていつもうっとりしちゃうんだよなあ。こんなに気持ちよくても頭のどこか隅の方で今日1日の反省をしている冷静な自分もいた。何も考えたくないのに、今は忘れたいのに、勝手に頭が考えてしまう。

「ん、…っ」

トキヤの舌がわたしの唇をなぞる。少し強引に唇を割って入ろうとしてきたので慌てて唇を薄く開けて招き入れると、探るように動いてからわたしの舌を絡め取った。トキヤの熱い舌がわたしのに擦れてぬるつく。唾液を混ぜながら根元をしゃぶられ、水音が響いてきたらそれを吸われて飲まれた。いつもわたしの唾液を愛おしそうに飲むから恥ずかしいしやめてほしいのに、トキヤはこれが好きみたいで毎度毎度仕掛けてくるから居心地が悪い。恥ずかしくてトキヤの胸板を押すとトキヤはわたしの腕を掴んで、無抵抗になったのを良いことにわたしのシャツのボタンを外していく。

「っふ、ぇ、トキヤ、」

トキヤの伏せられた睫毛が妖艶で、濡れて光る瞳も綺麗で、そんなのに見つめられたら戸惑う。言葉が出てこないわたしを宥めるように額にキスを落とすと、トキヤはわたしの服を優しく脱がせた。

「何も考えたくないと言ったのはあなたでしょう」
「え、ああ…」
「考えられないようにしてほしいのであれば応えますが」

トキヤが手を止めてわたしをじっと見つめる。そりゃあこのまま何も考えられなくなりたいよ。考えないで、また明日を迎えて、また今日みたいにぼろぼろになって、それで。思わず涙が出そうになるのをぐっと堪える。ほんとは明日に向けてしなきゃいけないことがあるし、今日どうやって動かなきゃいけなかったのかを整理しないといけないのも分かってるのに、それでも逃げたくてわたしはワガママを言ってトキヤを困らせてる。トキヤは分かってて、わたしの答えを待っている。きっと考えたくないと言えばトキヤはこのまま抱いてくれる。わかってるけど、考えたくないけど、わたしは、どうしたらいいの。

「とき、やぁ…っ」

困ってトキヤを見上げたらトキヤはフッと小さく笑ってわたしの頭を撫でてくれた。優しくて、大きくて、暖かいトキヤの手。トキヤがわたしのスカートのチャックを下げる。

「今日も頑張りましたね」

トキヤは優しい声でそう言うと、わたしの体を抱き寄せて持ち上げた。うわぁ、なんて間抜けな声が出てもお構いなしにそのまま浴室へ向かう。

「な、なに、トキヤ?」
「まずは一緒にお風呂からです。私が洗ってあげるんですから感謝してくださいね」

また世話焼きトキヤが発動してるらしく、溜めてあったお湯に強引に浸からせられた。久しぶりに浸かる湯船に体が癒される。と思っていたらトキヤも湯船に入ってきてわたしを後ろから抱き締めてくれた。

「毎日浸からないといけませんよ、きちんと体内の血行を良くしないと浮腫の原因にもなりますしリラックスもできませんからね」
「うう…またそういうことを…」
「心配しているというのに、うう、とはなんですか」

トキヤはわたしのお腹に回した手を少し離して今度はわたしの手に指を絡めてくる。甘やかしモードはまだ続いてるらしい。

「今日はお疲れ様でした」
「うん」
「ここ最近ずっと頑張っていますね。心配ではありますが私は誇らしいですよ」
「誇らしい?」
「ええ、あなたがそんなに頑張っているとこちらも触発されますし、いい刺激になります。流石だなと感心してしまいますよ」
「そう、かなあ、わたし全然だめだめだけど…」
「向上心があるのは良いことじゃないですか、反省できるのも次を目指せるのも、あなたの前向きな姿勢があるからこそですよ」

トキヤはわたしの首筋に口許を近づけて甘えるように寄り添ってきた。

「私がいくらでも癒しますから、明日も一緒に頑張りましょう」

トキヤにそう言われてしまうと、うん、という他なくなる。本音は頑張りたくないけど、やればできるって、わたしならやりきれるって信じててくれるから頑張れる気がする。トキヤはいつもそう、あんまりわたしのことを聞き出さずにいてくれるのに、何でも見透かしたように慰めてくれて、背中を押してくれる。欲しい言葉をちゃんとくれる。

「トキヤ…、明日も一緒にお風呂入る?」
「ええ、そうしましょう」

トキヤに寄り添うように体重を預けると、トキヤは嬉しそうに笑ってわたしの肩口に顔をくっつけた。

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