付き合い出した頃の翔ちゃんはこんなんじゃなかった。もっとこう、女の子と接するみたいに、ていうかわたし女の子なんだけど、宝物を扱うみたいに、わたしをもっと大事にしてくれてたのに、今はなんか違う!全然大切にされてない!わたしだって分かるんだからな!

「翔ちゃん聞いてあのね」
「んー」

翔ちゃんは雑誌を読みながら聞いてるんだか聞いてないんだか分からない返事をする。ほら、これ!付き合い出した頃は何をやってても一旦手を止めてわたしの方を向いてくれたのに!最近の翔ちゃん全然優しくないよ。

「ねえ、こっち向いてよ翔ちゃん」
「んー」
「聞いてってば!こっち向いて!」
「じゃあそれを向けんな!」
「え?」

翔ちゃんがギロッとこっちを睨む。お、おおぉお〜〜。いい表情が撮れました。カシャーッなんて音をさせてから一旦iPhoneを置いた。翔ちゃんがわたしに向き直る。

「あのさあ、ずっと思ってたけど、お前それやばいよ。俺のことそんなに撮ってどうすんだよ」
「わたしの翔ちゃんコレクションにしてくに決まってるでしょ。大好きな翔ちゃんをひとつひとつ写真におさめておきたいの」
「気持ちは分かるけど…異常だろ」
「そんなことないよ、翔ちゃんこんなにかっこいいんだもん!」

え、ああ、そ、そう?と照れる翔ちゃん。急かさずiPhoneを手に取ろうとしたらその前に翔ちゃんに手首を掴まれて制された。今の表情欲しかったのに〜!

「とにかく、もうそうやって撮るのは禁止。カメラ越しじゃなくて直接俺を見ろよ」
「や、やだよ」
「だめ。じゃなきゃお前に顔見せない」

ぷいっと翔ちゃんはわたしから顔を背け、再び雑誌に視線を戻してしまう。あ、ああ、そんなあ。翔ちゃんは背中すらかっこよくて撮りたい気持ちがふつふつ湧いてくるけど、我慢。わたしはその背中に額をくっつける。

「翔ちゃん、やだ、こっち向いてよぉ…」
「…」
「翔ちゃんのこと大好きなだけなのに、何でだめなの?これはわたしなりの愛情表現じゃん?」
「さっきも言ったように気持ちは分かる、でも、他にも方法あるだろ?今のお前はただの自己満足で俺への好きが見えにくいんだよ。もっとお前に普通に好かれたい」
「す、すきだよ」
「だから何回も言わせんなって、俺は普通に、好かれたいの!」

普通に。普通って、何なんだよ〜!
こんなにこんなに翔ちゃんが好きなのに翔ちゃんはわたしに厳しい。怒ってる翔ちゃんもかっこいいけど、やだ、わたしもちゃんと好かれたい。付き合いたての頃みたいに、大切にされたい。あの頃の翔ちゃんは、好きって言いながら、わたしに優しいキスをくれたなあ、あれが普通に好き?世間一般の愛情表現?

「翔ちゃん」

名前を呼ぶと、わたしの声色から反省を感じ取ったのか翔ちゃんが素直に振り向いてくれる。思わず正座して、翔ちゃんに向き直った。

「き、今日は、わたしから、キス…、します」
「えっ」
「だ、だから、目を閉じてください!」
「お、おぉ…」

翔ちゃんが心底嬉しそうな顔をする。ああ、可愛い、撮りたい。我慢。翔ちゃんの唇がきゅっと閉まって、わたしに少し近づいてから、長い睫毛をすっと伏せた。

「じゃあ、…ん」

目を閉じる翔ちゃん。ま、睫毛なげえ〜!肌白いしすべすべ、毛穴ない!なんて綺麗な顔だろう、撮りたい、撮っちゃいたい、キス待ち顔の翔ちゃんなんて、なかなか撮れないし、この状況で、と、撮っちゃだめなんてこと、ある?つんと上を向く鼻とか、ぷるぷるの唇とか、全部、全部かっこいい。可愛い。もう我慢できない。

「かっ…」

わたしはカメラのボタンを長押しする。

「可愛すぎワロタ〜〜〜…」

カシャーッカシャーッカシャーッカシャーッカシャーッカシャーッ。
わたしじゃなくて、わたしの指が勝手にしたの、なんて言い訳が通用しないくらいカメラの音が響き渡る。翔ちゃんがゆっくり目を開けて、あ、あ、やっぱそうですよね!みたいな、予想通りの、いやそれ以上に怖い目をしていた。人でも殺すのか?って感じ。

「あ…、翔ちゃん」

カシャーッ。最後にその鬼のような形相を写真におさめると、翔ちゃんは小さい声で、でもしっかりとわたしの鼓膜を震わせる低音で言葉を吐き出す。

「…歯ぁ食いしばれ」

ちがう!これは!わたしなりの愛情表現!!!!
翔ちゃんの指は容赦なくわたしの額を叩き、デコピンとはいえ怒りが籠ったその痛みにわたしは10分くらい悶え苦しんだ。

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すみませんでした。
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