彼は本当に何でもできる完璧な彼氏だ。歌もダンスもお芝居も上手いしルックスも抜群に良くて性格も優しい。スポーツもゲームも大好きでよくやっている。他にも自慢できることは山ほどある。ただ、彼だって人間だ。出来ないことだって少しくらいはあるはずで。




(( 不完全ウインク ))




「ねえ翔ちゃん、ウインクして」
「ん?」

放課後の教室で雑談をしていたところ。急なお願いをしてみる。レンがかっこよくキメるのを思い出して、彼ならもっとかっこいいだろうと思ったからだ。彼なら絶対できると思ってお願いしたわけだが、彼はバツが悪そうに目を逸らした。

「あ、あぁ…また今度な」

(え?)

いつもなら快くやってくれるはずだし、今日は彼の表情が暗い。彼女はコクンと首を傾げた。

「もしかして翔ちゃん、ウインクできないんじゃ…」
「うるせえ!俺様にできないことなんてないっ!!!」

じゃあやってよ、と喉まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。きっと彼はできないのだろうと悟ったからだ。できないこともあるのだと思うと急に愛しくなってくる。

「ふふ、可愛い」
「かっ、可愛くねえ!何笑ってんだよ!」
「ううん、じゃあ今度やってね」
「おう!絶対やってやるよ!」

焦ってくると声が大きくなってしまうのは彼の特徴だ。確実に動揺している彼を見て彼女はさらに口角を上げた。


―翌日。
練習が終わって部屋へ戻ると、彼女は作りかけの楽譜が1枚足りないことに気付いた。

(あれ、もしかして翔ちゃんの楽譜に交ざっちゃったのかな…?)

やっと良いメロディーが浮かび、今日中に仕上げようと思っていた曲だ。忘れる前に取りに行こうと立ち上がる。

(翔ちゃん、もう部屋に戻ったかな?)

急いで男子寮に向かい、彼の部屋に辿り着く。焦っていたのでノックも忘れ、カチャッとドアを開けると。

(あっ…)

彼はベッドに寝転びながら鏡と睨めっこしていた。その姿を見て咄嗟にドアの陰へ隠れる。彼は片目をきゅうと閉じ、もう片方の目を開けようと苦戦していた。たまに鏡に悪態をつきながら、何度も何度も。

「っだぁー!!難しいんだよ!!!」

遂に彼が大声を上げて鏡を手放す。ウインクというのはできない人からすればかなり困難なことらしい。そんな彼にきゅうと胸が甘く鳴り、そっと静かにドアを閉めた。

(見なかったことにしよう…)

昨日の曲は他の紙へメモしておこうと決め、彼女はにこにこと女子寮へ戻っていった。

それからずっと彼にウインクを要求しないでいた。きっとできるようになったら彼の方から言ってくれるはずだからと彼女は楽しみに待っていた。彼は全く言ってはこなかったが、やっとその話題にちらっと触れてきたのはあれから一週間しての出来事だった。

「なぁ、お前さ、前俺にウインクしろって言ったじゃん?」
「え、あ、うん」

急な話題でドキリとした。やっと仕上がったのか、と。

「あれって何でだ?」
「え?えーっとね、神宮寺さんがやってるのを見ていつも翔ちゃんがしたらもっとかっこいいのにって思ってたからだよ」
「………」

彼の表情が暗くなった。まずいことを言ってしまったのだろうか。

「翔ちゃん?」
「あ、あぁ…」

彼はきゅっと軽く拳を握っていた。

「俺、やっぱできねえ」
「翔ちゃん?」

らしくない。話題を出してきたのはそれができるようになったからだろうに何故できないと言うのか、そもそも彼が“できない”なんて簡単に言うものなのか。

「翔ちゃんはしてくれないの?」
「だから、できないって」
「絶対してくれるって約束したじゃん」
「………」

いつもの強気な目は、今は不安で落ち着きがない。ちらちらと視線を揺らしている彼は黙り込んだというより言葉を探しているようだった。

「俺はその…レンみたいにかっこよくできねえから…」

俺様は何処へ行ったのだろう。いつもの彼の姿はそこになく、ただ彼女をがっかりさせてしまわないか不安でいっぱいになっている小犬のような少年がいた。

「私は翔ちゃんだからかっこいいって思うのに」
「ウインクは苦手だから格好がつかねえんだよ」
「それでも、見たい」

別にもうウインクにこだわっているわけではない。この一週間彼が自分の為に頑張ってくれた成果が見たいだけだ。彼は少し黙り込んだ後、少しだけ頬を赤くする。

「…1回しかやんねえからな」

その声は消え入りそうなほど自信がなさそうで。
ふわりと帽子を外すと、それで赤面する顔を隠すかのように口元へ添えた。目だけが帽子から覗いている状態だ。期待の目で彼をじっと見詰める。が、彼は耳まで赤くして見詰め返すだけで。

(…まだかな)

それを口にしようとした瞬間、ほんの一瞬だけだったが彼の左目がぱちんと閉じた。次の瞬間にはもう元通りだったが、不器用に閉じられたその表情は忘れられずに。

「…なんか、言えよ」

カァァァッと顔が赤くなる彼につられてこちらも赤くなる。つい本音がぽろりと出てしまう彼女の口は開いたままで。

「…かわいい…」
「ッは!?」

言ってしまってからハッとする。赤面の彼はもうそこにはいない。

「てんめぇ…!」

きっとこの後怒鳴るだろう彼に青ざめた笑顔しか向けられない。しかしそんな笑顔も何の意味を為さず。

「かっこいいって言うからやったのに可愛いって何だよ!!!」
「ひぃぃいごめんなさい間違えましたぁっ」

結局怒鳴られた。逃げだそうとしたら後ろからぎゅうと抱き締められて首筋にちゅ、とキスを落とされる。

「ムカつく」
「ん、しょう、」
「俺様はかっこいいんだ」
「っん、ふ…ッ」

そんなこと分かっている。それでも可愛い面を持ち合わせている。それが彼の良いところなのに。どうしてそれほど嫌がるのか、彼女には理解できなかった。

(かっこいいウインクの仕方、レンに教わるか…)

彼は心の中でそう決めると、彼女のシャツのボタンをぷちんと外した。


END
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この後可愛いって言われたお礼にかっこいいところ見せちゃう翔ちゃんとか素敵です。でもさらにその後ちゃんとレンにウインクの仕方を教わりに行く翔ちゃんとかやっぱり可愛いです。で、レンにばかにされて結局分からない、と(笑)
名前様、お付き合いありがとうございました。
20120123
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