(( 無自覚な結婚願望 ))




友達から、彼氏が恋愛について語ってるから読んで勉強しなよ、と渡された雑誌を眺めて約10分。翔がインタビューで答えた理想の女性のコーナーを見て思ったけど、わたし全然当てはまってないじゃん。料理はできないし掃除はめんどくさいし洗濯だってしない。翔は家事をてきぱきやるお嫁さんが欲しいみたいだけど残念ながらわたしは家事をしないし結婚予定もない。この先何があるか分からないし今は同棲しててもこれからお互い別の恋人ができるかもしれないからね。次のページへ捲ったら玄関からガチャンと音がした。

「ただいま」

翔が帰ってきた。羽織っていたジャケットを脱ぎながらリビングに入ってくる翔に見向きもせず、わたしは癒される彼女がいいですねなんて語る翔の写真をじっと見つめた。癒される、ねえ。

「おかえり、早かったね」
「今日は夕方に終わるって言っといただろ」
「そうだっけ?今日のご飯なあに」
「今日は鶏の……っておい!」

翔は雑誌に気づいたのかわたしの元へ駆け寄ってくる。焦りの色が見えてますよ、と教えてやりたい。わたしはにやりと笑うと翔に向かって雑誌をひらひら振ってやった。

「家事全般こなす癒し系彼女と結婚したいんだって?」
「ウッ…」
「可愛い夢だね」
「つ、つーかお前、買ったのかよ…」

恥ずかしそうな嬉しそうな翔を見てるとうんって言ってあげたくなるけど、嘘はよくないよね。わたしは読んでいたページに再び視線を落とした。

「ううん友達に貰ったの、勉強しろって」
「勉強?」
「よく分かんないけど翔の好みの勉強?しなくても翔はわたしにどっぷりなんだけどね」
「なっ…」

肯定はしてないけど否定もできなそうな翔は口をわなわな震わせてわたしを見ていた。その困り顔が最近流行りってことか、うーんさすがはアイドル、似合ってますなあ。わたしは翔ににっこり微笑む。

「ねえ翔、お腹すいた」

翔はぷいっと顔を背けるとなにも言わずにキッチンへ向かっていった。いい子だなあ。わたしはさらに雑誌を読む。休日は一緒に運動してくれる彼女にも憧れる、と。やっぱりわたしと真逆じゃん。

「翔ってさ、わたしと付き合ってて楽しいの?」

キッチンにいる翔へ声を投げたけど、翔からは返ってくる様子がない。カシャンと卵の割れる音が聞こえて、空いてたお腹がますます空いてくる。聞こえてないかあ、と雑誌に戻ろうとしたら、翔が卵をかき混ぜながら呟いた。

「…楽しくなきゃ、変だろ」

唇が尖ってるのがここからでも見える。拗ねてるときにするのか、翔の癖なのか分からないけど、唇が尖っている翔はよく見かける。

「変って?」
「だから、好きで楽しいからお前の世話焼いてんだよ」
「でも世話焼かれる方が好きなんじゃないの?」
「理想と現実は違うもんだろ」
「ふうん、理想の女の子と付き合わなくていいんだね」

翔は持っていたフライパンをカタンと置いてひとつ溜め息を吐いた。深い溜め息に何だか居心地の悪さを感じる。何か気に障ったかな。翔は料理を放棄したのか再びわたしの元へ戻ってきた。目がちょっと怒ってる気がする。こういうときの翔ってやたら説教してくるから嫌だなあ。

「俺はお前のことが好きで一緒にいるんだけど、それ以外に理由が必要なのか?」

翔はわたしをじっと見据える。顔が近いよ。ちょっと距離を取ろうと思って視線を逸らしたら、翔がわたしの頬を両手で包んで固定してきた。あーあ、逃げられそうもないし今日は大人しく説教されてやるか。

「でも好みでもないひとと付き合ってて疲れないの?」
「…別れたいのかよ」
「そうじゃないけど、」

翔がやならいいんじゃないのって言おうとしたのにそれを遮って翔はわたしの口を塞いだ。食むわけでも舌入れるわけでもない押し当てるだけのキス。翔の手が余裕無さそうにわたしの頭を撫でた。

「俺はお前がいいんだよ」
「ふうんそんなもんかあ」

翔って本当に変わり者だなあ。わたしはへらっと笑うけど翔はまだわたしの頭を加減もせずに撫でている。

「わたしは家事とかしないし、癒せないけど、翔がいいならいっか」
「おう。さすがに結婚したら少しはしてもらいたいけど…」
「結婚?」

わたしと翔はいつまでも楽しく幸せにじゃれあってふざけあって、常に笑ってて、たまにめちゃくちゃケンカして、仲直りして美味しいもの食べて、また仲良くどっか遊びにいって、みたいなカップルだったから、学生の延長のような付き合いであって、だからその。

「結婚?」
「2回も聞くな!勿論これはプロポーズじゃねえしちゃんとしたのは今度だけどな」
「わたしと結婚する気あったんだ」
「…」

翔はまた唇を尖らせてる。やっぱり癖なのかな、なんて思ったら、翔に肩をトンと押されて、急すぎて無抵抗のままに後ろに倒れたら、翔が上に被さってきた。

「俺、言ったよな」

翔はわたしを見下ろしながら指でわたしをの胸元をトントンと2回叩く。翔の目が真剣だ。

「中途半端な気持ちでそういうことはしない、責任がとれるようになってから抱くって。お前を抱いたその日から俺はそのつもりだったよ。まだ籍は入れてないけど同棲を始めたのもそれが理由なのに、お前は違うのか?」

翔に見下ろされて、足の間に体を入れられて、逃げられなくて、目も逸らせない。居心地が悪い。やっぱりこうなった翔は苦手だ。

「まだ、分かんないよ」
「分かんない?」
「だってまだ結婚って歳でもないし、翔にはもっと、いい人だって」
「俺はお前がいい」
「でも、」
「俺は名前じゃなきゃだめなんだよ」

翔は上から顔を近づけてきて、わたしの頭に自分の頭を重ねた。おでこ同士がぶつかって、翔がすごい近い。どうしていいか分からなくて、別に翔が怖かったわけでも、嫌だったわけでもないのに、目からぶわっと涙が出てきた。翔もびっくりして顔を上げたけど、出した本人であるわたしの方がびっくりした。

「な、んだよ、どうした?」

子供をあやすように頭を撫でてくる翔に無言で首を振った。自分でも訳が分からない。翔は落ち着かないわたしを引っ張って起こし、座らせてから抱き締めてくれた。あったかくて、ずっとこうしていたい。

「お前さ、いつも思ってたけど強がりすぎだよな」
「つよ、がり?」
「気づいてないかもしんねえけど、雑誌読んで傷ついてたんじゃねえの?」

そんなことないと言いたかったけど、翔がわたしと結婚する気があると知って少し嬉しかった。いつも翔に好かれてると思ってたけど、わたしだって翔のことめちゃくちゃ好きなんじゃん。

「さあね」

鼻をすすりながらそう言うと、翔はわたしの頭をぐりぐりした。さっきまでの真剣な翔はいなくて、何だか幸せそうな顔してるなあ。

「翔すごい幸せそうな顔してる」
「そうか?お前もしてるけど」
「えっ」
「もう結婚しちゃうか?」

涙も止まってきたら、翔がからかってくる。別に翔が幸せそうに笑っててくれるならしてあげてもいいけど、調子乗らせたくないなあ。そのときタイミングよくわたしのお腹が鳴った。

「毎日翔がご飯作ってくれるなら考えてあげる」
「毎日…」
「ほら、今日のご飯は何だったっけ?」

翔が放棄したキッチンに視線を飛ばすと、翔はちぇっといった感じでキッチンへ戻っていった。わたしの理想ともまた違うけど、可愛い彼氏を旦那さんにしてあげてもいいかな、なんてね。


END
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主←翔に見せかけてしっかり主→←翔です。翔ちゃんは理想が高い気がします。名前様、お付き合いありがとうございました。
20151013
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