西の果てまで[3/3]

「トウキョウには、ツキがない」

そう言ってミハラは溜息をつく。愁いを帯びた眼差しは窓の外へと向けられていた。
ツキというのが、天体の月のことなのか、それとも運のようなものを指しているのかはわからない。けれど、それを声に出して確認するほど僕は野暮ではなかった。

「そうだね」

曖昧な相槌を打ちながら、僕は少し前に発売されたばかりのドリンクを開けた。成人男性にとって一日に必要な栄養素がたった一本の中に入っていると謳う茶色の小瓶。中の液体を口に含むと甘ったるいココア味がした。
透明ではなく茶色い瓶に入っているのは、毒々しい色を誤魔化すためだ。しばしば視覚は味覚を凌駕する。

「都会は人口が多くて、獲物には事欠かない。だけど、もう俺たちには不向きなんだ」

夜空を見上げながら、ミハラは苦々しそうに眉根を寄せた。この間の仕事で足がついてしまったときのことを思い出しているのだろう。
先日、僕たちは光の中で姿を残すという痛恨のミスを犯してしまった。慌てて警察庁のマザーコンピュータをハッキングしたものの、時遅し。既に記録は抜き取られてしまっていた。
こうして廃墟のビルディングに身を潜めていたところで、捕まるのも時間の問題だ。
シナプスのように張り巡らされた街の灯りは人々を追いかけ、次の行く先を予測する。監視カメラの役割を果たしながら、人工の光は都会の夜を照らし続ける。
いつしか光が世界を支配し、人を操作するようになっていた。
出会いも別れも、愛も憎しみも。偶然だと思い込んでいた全ては光の延長上にある。

「ねえ、西へ行こうか」

そう切り出せば、ミハラは顔を顰めたまま僕を見た。おもむろに立ち上がってこちらに近づいてくる。
ミハラの痩せた筋肉質な身体つきは、子どもの頃に絶滅危惧種保護センターで見たチーターを連想させる。その表現は我ながら言い得て妙だと思う。厳格に管理されたこの世界を掻い潜って生きている僕たちは、まさに絶滅危惧種だ。

「サガ、何を言うんだ。西も同じようなもんだろ」

「いや、そうでもないよ」

「だってあそこにはオオサカがあるじゃないか」

「オオサカの中心部は厳しいかもしれない。だけど郊外へ行けば隙はある。ここほどじゃないけど人も多いから仕事には事欠かない」

僕の言葉にミハラは口を噤み、考え込むように視線を伏せた。思慮深い彼の心が揺れているのを、僕は確かに感じていた。

「一緒に西へ行こうよ、ミハラ」

腕を引き寄せて唇の触れ合う距離でそう囁く。恋人は返事の代わりに始まりのキスをくれた。


光に導かれて出会った僕らは、ぬばたまの闇に引き寄せられるように西を目指す。
太陽と月が沈む、世界の果てを。





"西の果てまで"


2019.1.6



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