●誕生日
2014/05/14 23:50

「ねえリオンくん、今日が何の日だか分かる?」
唐突に、リリスがそんなことを聞いてきた。
「……知らん。何だ唐突に」
しばらく考えたが、何も思い当たらない。
エイプリルフールでもないし、ハロウィンでもない。
その二つは以前大恥をかいた記憶があるから特に気にしたが、該当しなかった。
「えっ? し、知らないってことはないでしょう?」
しかし、リリスは慌てたような顔をして食い下がってきた。
何故そんな表情をする必要があるのかは分からないが、僕が無知であると言われているようで何となく気に障る。
「今、僕は知らないと言った筈だが?」
気にはなるが、素直に教えてくれ、とは言えない。
言おうとすると、胸で何かがつっかえる。
そんなだからガキと言われるのだろうか。
「あ、あれ? 本当に、知らないの……?」
聞き返すリリスの表情に浮かぶのは困惑と焦り。
それも、知っていて然るべき常識を知らない者に対して浮かべる類のものだ。
それが、癪に触った。
何故だか、リリスにそう思われるのは辛抱ならない。
すぐに頭に血が上り、あっという間に冷静でなくなってしまう。
まずい、と思ったときには、もう既に口が動いていた。
「――くどいっ! さっきから知らないと言っているだろう!!」
勢い良く飛び出す、僕の怒号。
人を寄せ付けないように、僕が身に付けた刃物。
「あっ……ご、ごめ」
「何だ、僕がそれを知らない事がそんなに可笑しいか!」
謝りかけたリリスに、更に被せて追い討ちをかける。
そう、謝りかけた相手への追撃はとても効果が高かった――距離を置きたい相手に対しては。
「え、いや、そういう訳じゃ――」
今、僕の頭はとても混乱していた。
思わず癇癪を起こしてしまった、その事後処理をどうするか。
今すぐ素直に謝るべき――そんな考えが脳裏を過る。
しかし、一旦張った意地は中々消えてくれない。
染み付いた毒舌の癖は、そう簡単に抜けてはくれない。
ならばどうすればいいのか。
考えること数十秒。
「……もういい。僕は先に帰る」
「あっ、ちょっと、リオンくん!?」
僕は、撤退を選択した。


「…………はぁ」
しばらく逃げるように走り、リリスの姿が見えなくなったのを確認し、僕は小さく溜息をついた。
勝手に馬鹿にされている気になって、勝手に癇癪を起こして、挙句勝手に逃げた。
情けないにも程がある。
冷静に考えなくても、僕に非がある事は明らかで。
「…………」
気が付けば、いつもの丘の頂上で木にもたれていた。
いつもいつも、一人になるとここに来るのは、あいつに見つけて欲しいからか。
自分勝手に癇癪を起こした癖に、出向いて貰わないと謝ることも出来ないのかと思うと、自分の女々しさに吐き気すら覚える。
「………最低、だな……」
誰に対してでもなく、強いて言うなら自分に向けた言葉が、力無く零れる。
当然、返事など返っては――
「本当だよ! 急に居なくなっちゃって、心配したんだからね!?」
後ろから走り寄るは、明るく柔らかな声に、陽光を思わす金の髪。
――嗚呼。もうお前にはお手上げだ。


今日はリオンくんの誕生日。
それも、リオンくんがリーネに住むようになってから初めての。
だから、今日はいつもより豪勢な料理にして、プレゼントも用意して、盛大にお祝いするって決めていた。
本当はお兄ちゃんとルーティさんにも来て欲しかったけど、二人とも旅に出たばかりだから、おじいちゃんと私とリオンくんの3人でちょっと慎まし目のパーティーをしようって、決めてたの。
それで、お昼に一足先にプレゼントを渡そうとしたら、急に怒って走って行っちゃって。
探そうとして、ふと直感でここに来たら、やっぱりリオンくんはここにいた。
「ねえ、何で怒ってたの?」
出来るだけ優しく聞いてみる。
声をかける前にしばらく様子を見てたから、反省して落ち込んでるのは分かってた。
「……っ、いや…」
こういうとき、リオンくんは急に弱気になる。
いつもの勢いはなくなって、悪いことをした後の子供みたい。
だから、こういうときは出来るだけ優しく聞くの。
「何か、気に入らない事があったら言って? 直すから」
「……いや……そういう、訳じゃ……」
うーん、まだ要領を得ないわね。
もう一押しかな?
「じゃあ、何? 何が嫌だったの?」
「………っ」
出来るだけ言いたくない、という顔をした後に、ぎこちなく口が開いた。
「……お前に、馬鹿にされているかと思ったんだ」
「……え?」
予想の範囲外過ぎて、言葉に詰まる。
「……だからっ! お前が知っているのに僕が知らないというのが、その……く、悔しくて……」
「……ふふっ」
つい、吹き出してしまった。
だって、余りにも理由が子供らしくて。
顔を赤くして恥ずかしそうに、震えながら本音を言っているところを見ると、ああ、やっぱり可愛い人だなぁって、思ってしまう。
「わ、笑うなっ!!」
「あ、ごめんごめん!」
本当は仕返しにからかってみたいけど、今日はこれ以上ヘソを曲げられたくないから、素直に謝る。
ちゃんと反省してるみたいだしね。
「……で、何だったんだ」
「え?」
「……だから、今日は何の日だったんだと聞いている」
目を合わせたり逸らしたりしながらリオンくんが聞いてくる。
「……本当に、分からないの?」
小さく首を縦に振るリオンくん。
ということは、本当に知らなかったのかしら?
それとも、忘れてる?
「……じゃあ、教えてあげるね」
まあ、どっちでもいいか。こうすれば、すぐに分かる筈だから。

「お誕生日おめでとう、リオンくん」

手にアメジストの御守りを握らせて、満面の笑顔で。
祝福の言葉を、リオンくんに言った。


「――――っ、ぁ」
「ちょっと、リオンくん!?」
しばらく唖然としていた僕の頬を、涙が伝う。
誕生日。完全に忘れていた。
何故なら、道具にそんな概念は無いからだ。
生まれて来たことを祝われた事など、何度あっただろうか。
そんなことを考えていたら、何故か僕は泣いていた。
「……っ、りり、す」
「は、はい!?」
未だに慌てふためいているリリスに話しかける。
「……っ、ぅ」
「……リオン、くん?」
泣きじゃくる身体が、言うことを聞かない。
それでも、今の内にこれだけは言っておかないといけないと思った。
言わなくてはならないと、思った。
「……ごめん、なさい……」
「………いいよ、許してあげる」
ゆっくりと触れる体温。
羽毛に包まれる様な安心感。
僕が大好きな、リリスの抱擁。
だが、まだもう一つ、言っていない。
もう一言を言うために、全力を使い、言った。
「……あり、がとう」
「……!」
リリスが驚いているのが分かる。
抱き締める腕の力がより強くなるのが分かる。
「……ううん、こちらこそ……」
より強く包みながら、リリスが囁く。
暖かい声。
僕の心を暖めて溶かす。

「生まれて来てくれて、ありがとう、リオンくん」

殺し文句とでも言えるその台詞に、今度こそ僕は泣き崩れた。


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