「何このコーヒー。味しないんだけど」
「しますよ、後藤さんが持ってきてくれた高品質の豆の味が!」
「誠二くんが? どーゆー風の吹き回しよ、それ」
「頂き物だけど家じゃインスタントしか飲まないからって持ってきてくれたんですよ」
「ふーん」
「ああ、良い薫り…職場でこんなに良いコーヒーが飲めるなんて後藤さんに感謝ですね」
「………」
「津軽さん、無理して飲まなくても」
「飲むよ」
「コーヒーがもったいないです。好きじゃないなら私がもらいますよ」
「飲むって言ってんじゃん」
「だったらもっと美味しそうにしたらいいのに…」
「お口、かがり縫いしよっか」
「ちょっ! やめてください!」
警察庁警備局公安課、銀室。
資料を引き取りに隣のフロアからやってきた私は、一組の男女のやり取りを離れた所から見ていた。
男性は津軽班のリーダーである津軽高臣警視。
女性は今年4月に配属されたばかりの新人、SurnameFirstnameさん。
二人の様子は、他愛もないやり取り、というかほとんどじゃれ合いだ。
かなり階級の離れた二人だというのに壁は見られず、物理的な距離も近い。
上司と部下というには相当打ち解けているように見えた。
(仲良いんだな)
津軽警視は人気者だ。
女性なら誰もが振り返るようなイケメンでエリート。
それでいて物腰は柔らかくて、顔を合わせれば他室所属の公安刑事である私にも笑顔を向けてくれる。
モテるだけあってスキンシップも上手だ。
…だから、好きになるのはあっという間だった。
彼女はいないと言っていたから、可能性なら自分にもあると思っていたんだけど。
それにしても。
(津軽警視ってあんな感じなの…?)
Surnameさんとじゃれ合う津軽警視はとても楽しそうだった。
意地悪そうな顔をしたり、かと思えば声を上げて笑ったり。
いつだって、誰にだって笑みを向けてくれる人だけど、私が知っている津軽警視とは少し違う。
(あんな風に笑うの初めて見た)
ちくり、と心が刺されるのを感じながら分厚いファイルを持ち直す。
賑やかな二人に背を向けた。
(いいな。部下だったら毎日近くにいられるんだもん)
(津軽警視って女性に優しいし、上司部下でもすぐ仲良くなれそう)
だからもし津軽班に配属されていたのが自分だったら、今ああやって津軽警視とじゃれているのは、きっと私だった。
ラッキーなSurnameさんを羨ましく思いながら銀室のフロアを出た。
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