Firstnameが何かを隠していることには気づいていた。
カレンダーを見て浮かない顔をしていたから、会いたくても会えない男でもいるのか、とか。
けどFirstnameに限ってそんなことは無いだろうと大して気に留めてはいなかった。
嘘をつかれるまでは。
浮気だけならまだいい。
そこにはまだ俺がいるから。
俺は、Firstnameに拒絶されているという事実に押し潰されそうだった。
(俺、何かしたっけ…)
屋上の手すりにもたれて虚空を見つめる。
(してないよな…)
何度考えても思い当たる節がない。
Firstnameとは上手くいっていると思っていた。
俺なりに大事にしてきたし、愛されてる実感もあった。
ずっと続いていくと思っていた。
でも今、何もかもが指の隙間から零れ落ちそうな気がしていて。
息が止まりそうなほどに苦しい。
どうして嘘をつくのか聞けばいい。
どうして俺を拒むのか、問い詰めればいい。
だけど、もし───もう好きじゃないとか、はっきり口にされてしまったら。
(嫌だ…)
そんなの聞きたくない。
Firstnameがいなくなるなんて、考えたくない。
手すりに乗せた腕に顔を伏せる。
現実から逃げるように目を閉じると、それでも瞼に浮かぶのはFirstnameの笑顔。
そういえば最近見ることが減った気がするとふと思ったら、胸がすごく苦しくなった。
(わけわかんねえ…)
その時、屋上のドアが開く音が耳に届いた。
この足音はモモだ。
「津軽さん」
俺は体を起こした。
「…もう出る時間?」
柔らかくも冷たい風が頬を撫でる。
「いえ、まだです」
モモは常と変わらずはっきりとした口調で答える。
「Surnameの体調が悪いみたいで、早退したいって言ってます」
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