その日の朝、ホームに到着した電車は遅延の影響でかなり混雑していた。



(マジかよ。だるー…)



おっさんにくっつかれるのヤダな、と思いながら車両に乗り込む。



すると正面のドア付近に立つあの子が目に入った。



今日は外を見ていない。


窓を背にして、鞄を胸に抱えて立っている。


彼女は身長は低くないけれど、それでも一回り大きい男子学生やサラリーマンに埋もれていた。



俺の足はドアの方へ向いた。



「おはよ」



人を掻き分け、彼女の前に立って声をかける。



顔を上げた彼女の目に、俺が映る。



「おは…ようございます?」



彼女の背後のドアに手をついて、閉じ込めるようにしてスペースを作る。



後ろから押してくる男達から守るように踏ん張った。



「遅延とかほんとヤダよね〜」

「はあ」

「もうなんかすでに帰りたいもん俺」

「あの、どちら様でしょうか」

「君んとこの3年だけど」



はあ、とまた生返事をされる。



「君、1年生だよね」

「はい」

「クラスは? 何組?」

「G組ですけど…」

「あー、下駄箱から一番遠い教室だ。めんどくさいよね 」

「でも運動になっていいですよ」

「ねえ、何かおもしろいものでもあるの?」

「え?」

「外。いつも窓の外見てるよね、君」



彼女はぱちぱちと瞬きをした。



「別に何も見てないですけど」

「あんなに毎日眺めてるのに?」

「ぼーっとしてるだけですよ。天気いいなーとか思ったり」

「ふーん」

「てか、いつもって何ですか」

「俺も毎日この電車にいるから」

「はあ」

「ねー、名前は? 」

「…SurnameFirstnameです」

「Firstnameちゃんね」

「………」

「………」

「………」

「え、俺の名前は聞かないの?」

「は?」

「聞くでしょ普通。この流れは」

「はあ…。えっと、どちら様ですか」

「津軽高臣」



そんな会話をしているうちに、電車は減速して高校の最寄り駅のホームに入った。


開くのはこちら側だ。


俺はドアについていた手を下ろした。



「着いたよ」



Firstnameは頷いた。



「あの。津軽先輩」

「ん?」

「ありがとうございました」



Firstnameは背中を向ける前に頭を下げた。



俺の口角が自然と上がる。



「どういたしまして」





変わらなかった俺の毎日は、その日を境に変わり始めた。






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