自転車が赤信号で止まる。
「Firstnameちゃんはさー、寂しくないの?」
「え?」
「朝、俺に会えなくなって」
津軽先輩と私が知り合って数週間。
あの満員電車の翌日から、津軽先輩は毎朝私に話しかけてきた。
一方的かつ適当に話す先輩に私も最初は適当に返していたけど、そのうちくだらない話で笑い合ったりするようになって。
少しずつお互いの話もするようになって、先輩が寝坊さえしなければ毎朝やって来るその時間は、私の密かな楽しみになっていた。
だから自転車通学を決めるのは少し───嘘だ、かなり悩んだ。
雨の日以外、津軽先輩と電車で会えなくなってしまうから。
「俺は寂しいんだけど」
落ち着いていた鼓動がまた早くなる。
口の中が急にカラカラになって、声が喉に張り付いて出てこない。
結果、沈黙した。
「……寂しいんだけど」
津軽先輩は前を向いたままもう一度言った。
「わ」
声が思いきり上擦る。
「私も寂しいです」
けど車通りの多いこの道で伝えるには多分、私の声は小さすぎた。
津軽先輩の反応が無いことに焦って、聞こえなかったかも知れないともう一回言おうとする。
「てか俺、FirstnameちゃんのLIDEまだ知らないし」
「私も…え? LIDE?」
「教えてよ。そしたら毎日連絡できるじゃん」
「毎日…」
胸の鼓動がさらに速くなる。
「…嫌?」
津軽先輩がぽつりと聞いてくる。
「全然! 全然嫌じゃないです!!」
すでに車道の信号は赤に変わっていて、静かになっていた通りに私の声が大きく響いた。
歩道の信号も青に変わる。
「そ。じゃああとで交換しよ」
津軽先輩はペダルを踏み込んだ。
それきり何も言わず、静かに自転車を漕ぎ続ける。
ちらりと見上げると、津軽先輩の耳たぶが赤かった。
「と…ころで先輩、私達どこに向かってるんですか?」
「ん? 俺んちだけど」
「えっ!?」
「おうちデートっていいよね〜」
「良くないですよ! 交際前の男女がそんな…!!」
「冗談だよ。何考えてるの? Firstnameちゃんのエッチ」
「はっ!?」
「なんか疲れてきたなー。休憩しよっか」
「まだ10分くらいしか漕いでませんよ」
「だってFirstnameちゃん重いんだもん」
「女子に向かって失礼な…」
「お腹空かない? マックとサイゼどっちが好き?」
「うーん。今日はサイゼですかね」
「おっけー」
自転車は角を曲がり、下り坂に差し掛かった。
「しっかり掴まっててね。Firstnameちゃん」
二人を乗せた自転車が少しずつスピードを増していく。
手足に当たる風が強くなる。
私は津軽先輩の体にぎゅっと抱き着いた。
加速するこの自転車のように、私たちの関係も前に進むことができたらいい。
そう思った。
(私、津軽先輩のこと、もう好きなんだ)
こんなにくっついていたら、ドキドキしているのが先輩に伝わってしまう。
そう考えたら恥ずかしさでどうにかなりそうだけど、それでもすごく幸せだった。
(津軽先輩も私のこと好きでいてくれたらいいな…)
広い背中におでこをくっつけ、目を閉じる。
津軽先輩の温もりを感じながら、密かに願った。