「ほんとにチャリ通始めたんだねー」
駐輪場から自転車を押して出てきた私を見て、津軽先輩は言った。
「はい。まだ初日ですけどいい感じです」
「ふーん。頑張るねー」
昨日までは電車通学をしていたけど、剣道部に入っている私は基礎体力の向上のために自転車通学を決意した。
定期代の節約にもなるし一石二鳥だと思っている。
「じゃあFirstnameちゃんの体力づくり手伝ってあげるね」
津軽先輩は鞄を自転車のカゴに放り込み、後ろに跨った。
「はい、Firstname号出発〜」
「えっ!? 」
号令をかけながらサドルをぽんぽんと叩く。
(私が漕ぐの? てか先輩と二人乗りするの!?)
男子と二人乗りなんてしたことがない。
いや、普通は女子が後ろに乗るんだろうけども。
緊張が走った。
「男の人を乗せて漕いだことないんですが…」
「足腰のトレーニングになっていいじゃん」
がんばれ〜、と気の抜けた声を出す津軽先輩は退く気は全く無さそうだ。
(やばい、どうしよう)
「何してるの? 早く乗りなよ」
ちょっとおかしな状況だけれど、私の心臓はすでにバクバク言っている。
(これは筋トレこれは筋トレ…)
心の中で繰り返し唱えながらサドルに跨ると、津軽先輩はすぐに私のお腹に両腕を回してきた。
「ひゃっ!」
「ウエスト結構細いねー」
「ちょっとどこ触って…!」
「どこってお腹だけど」
「そんなくっつかないでください!」
「くっついてないと落ちちゃうじゃん」
回した腕に力を込めてくる先輩。
それだけでなく、後ろから包み込むように体をくっつけてきた。
(筋トレ…!)
頬に熱が昇り、変な汗が出てくる。
(筋トレ筋トレ筋トレ…!)
密着してくる津軽先輩を意識の外へ追いやるように、私はぐっとペダルを踏み込んだ。
が、しかし。
「おっも…!!」
男子の重さに踏ん張れず、自転車が横に倒れそうになる。
体勢を立て直してもう一度踏み込んだけど、車体は安定することなくグラグラと揺れた。
「Firstnameちゃんしっかり〜」
「いやめっちゃ重いんですけど!きついですよこれ!」
女子を後ろに乗せるのは平気だけど、男子はかなり重く感じられた。
津軽先輩の身長が高いこともあってか思うようにバランスが取れない。
「えー、ほんとに? 無理?」
「無理…かもしれないですけど、ちょっと練習させてください!」
「しょうがないなぁ」
ため息まじりの声が聞こえたと思うと、後ろがふっと軽くなった。
自転車を降りて横に立った津軽先輩が、私の手ごとハンドルを掴む。
「交代。Firstnameちゃんは後ろ乗って」
「え?」
「練習なんてしてたら日が暮れちゃうでしょ?」
ほら、と促してくる先輩に頷いて私は自転車を降りた。
津軽先輩がサドルに跨り、私は後ろに乗る。
先輩の腰に控えめに腕を回すと、ぐいっと引っ張られた。
「もっとちゃんと掴まって」
津軽先輩のお腹に腕を巻きつけ、背中にぴったりとしがみつく形になる。
「ぎゅってしててね」
密着度の高さに慌てた。
(うわうわうわ…!)
けれど私の狼狽をよそに、自転車は滑らかに動き始める。
安定感を持って進み、校門を出て軽快に走った。
火照った頬を柔らかな風が撫でる。
「運転上手ですね…」
「まあね。2ケツ慣れてるし」
(…女の子と、だよね?)
ちくりと胸が痛んだ。
返す言葉が見当たらなくて黙り込んでしまう。
「ねーねー」
少しの沈黙の後、津軽先輩が声を出した。
「Firstnameちゃんがチャリ通始めたってことはさ」
「はい」
「もう電車で会えないんだね」
自転車が赤信号で止まる。
「Firstnameちゃんはさー、寂しくないの?」
「え?」
「朝、俺に会えなくなって」
津軽先輩は後ろを見ることなく言った。
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