スーパースター


暴力というものを初めてまともに体験したその日。オーロは『どこもかしこもごみだらけのごみ溜めだな』と厭世的になりながら、遠くへ蹴り飛ばされた松葉杖をぼんやりと眺めていた。

「――おい、大丈夫か?」

松葉杖を拾いあげ、視界の真ん中で止まった草臥れた靴。重い頭をもちあげて見上げた光景に、オーロの瞼が押し上げられる。

「おまえ、よく窓から店ん中覗いてる奴だろ。金盗られたのか?前々から危ないとは思ってたんだよな……どう見たって弱そうだし。おまえみたいな奴がこんな通り歩いてたら、カモにされて当然だろ?」
「…………」

そういって松葉杖を渡してくれたのは、オリーブグリーンの髪を持つ年上の少年。オーロがわざわざ質素な服に着替え、たった一人で市街地まで下りてくる動機になっている人だった。
彼はとある酒場で歌を歌っている。身なりはみすぼらしく、痩せ犬の様な体をしていて、貴族であるオーロとの生活の差は歴然……。なのに彼の歌はいつだって明るく楽しげで、なぜあんなにもキラキラと輝いて見えるのか、オーロはいつも不思議で堪らなかった。

「理由は知らねェけど、もうあんまりこの辺りうろつかない方がいいぞ?」
「……君の、ファンだ」

歌の少年が豆鉄砲を食らった様な顔をする。

「君の歌が好きだから……」
「……!?お、おまえ、きゅきゅ急に何だよ!」
「…………君に伝えたい事がある。君の歌のファンだ」
「前置きしろってんじゃなくて!あとファンだとか言うんならそんな怒った顔すんなよ!」
「怒ってない。表情が変わりにくいだけ」

しばらく黙り込んでいた少年は、紙切れとペンを取り出して何かを書くと、それをオーロの目の前に差し出した。

「あの店じゃ、次の歌い手が来るまでの繋ぎで歌わせてもらってるだけなんだ。ステージじゃねェけど、一応この場所でも時々歌ってるから……良かったら、聴きに来いよな」

話していなければあと数日で切れていた縁は、たった一枚の紙で繋がれた。

「おれはテゾーロ。おまえは?」

灰色の空の下、すえた匂いの漂う平坦な町の中。手を差し延べてくるその少年の姿が、オーロの目にはとても眩しく映った。


  
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