トリックスター5バサッ。と、窓の外から鳥のはばたく様な音が聞こえてくる。ピンクの羽根が宙を舞う。ドフラミンゴが雲に糸をかけ、空を飛んでいった音だ。
風が吹きぬける部屋のなか、二人のあいだに妙な沈黙がおりる。
「……奴の目的は?」
来訪する際にも窓からやって来たという男を客とは認知していない。恐らくはテゾーロの力の媒体となる金粉対策なのだろうが。
「“ウチへ来ないか”と誘われた」
ぴくり。金の指環をはめた指先が震える。外を見つめるオーロは「“スマイル”の件もある。事業拡大の為に人手がほしいのかもな」とつづけるが、テゾーロの耳にとどまる事はなくするするとすり抜けていった。
「もちろん断ったが」
「…………それは意外だな」
「?」
「あんなにも親しげにしていたんだ、てっきり乗ったのかと思っていたよ」
「冗談が下手だぞテゾーロ」
「いいや、本心からさ」
唇にうすっぺらな笑みを張りつけるテゾーロ。オーロの肩を抱く手にも、しだいしだいに力が増していった。
「離れていくつもりなら、殺してしまおうかと思ったよ」
――――本気だった。伝えた殺意にうそ偽りなどない。それは紛う方なき脅しでもあった。
筈、なのに――――……。オーロの、ほんの微かに細くなった目が、笑っている様な気がして。そこには挑発的な色はなく、体の内側から自然なよろこびが滲みでてきているかのごとき光彩があった。
テゾーロは笑みをひっこめ、かわりに不機嫌さを露にした口調で「何がおかしい」と威圧的に尋ねる。オーロは始終おだやかな調子で答えるのだった。
「いや、すまない。おかしいというわけじゃないんだ」
「じゃあ一体何だ」
「…………」
「オーロ」
観念した様に、腕のなかの男が口をひらく。
「嫉妬されているみたいで……うれしいと思ってしまってな」
――――――それはなんとも、場違いな台詞だった。
「……」
「わかっている。しあわせな勘違いだってことくらい。変な事を考えてすまなかった……独断で知らせずにいた事もな」
「………………」
殺気を冗談と受け取った、というわけでもなさそうだった。かといって怯えている気振りも一切ない。
暢気に戯れ言をのべている態度から、頭のなかは完全にテゾーロの事ばかりなのだと窺えた。これはうぬぼれなどではなく確固たる事実だ。あれこれ疑うのが馬鹿らしくなってくる有り様である。
…………全くもって、ばかばかしい。
「コホン。ところでテゾーロ、そろそろ……、この体勢をだな……」
「? ……あァ」
オーロが一つ咳払いをする。抱きとめたときからずっと横抱きにしていたのだが、どうにも居心地がわるい様だった。
「照れてるのか」
「いい年した大人なんだ。気恥ずかしくもなる」
「今さらだな、初めてでもないのに」
「…………おい待ってくれ。なんの話だ?」
記憶にないぞ、と追及してくるオーロに無視を決めこみながら、テゾーロは腕の重みを確かめる様に、車椅子までの道をゆっくりと歩くのだった。
(次奴が来ることがあればちゃんと知らせろ。おまえは大事な存在だ、攫われては敵わんからな)
(…………テゾーロ。いま、またすこし、しあわせな考えが頭を巡った)
(そうか。必ず知らせるんだぞわかったな?)
(……ウム)
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