パトリオット


『オーロさん、おれにもいるぜ、大切な奴。絶対に失いたくない――弟なんだ』

『でも、“命をなげうっても”とは思わねェ』

『おれもあいつも、二人ともが生きる道にしか興味はない』

『あなたは“テゾーロの傍じゃなければ生きていけない”と強く思い込んでるだけだ』

『テゾーロから離れるべきなんだ』

『“あなたがあの男を増長させている”』



『……おれの好きだったオーロさんは……もう、いないみてェだ』



――――残念です。



……暫くの沈黙ののち、オーロはコントロールルームにいるバカラを使い、“待機している部下達がサボに一切手を出すことのない様に”と指示を出した。それは『とある交渉成立』の合図。スーツを脱ぎ捨てた青年は静かに背を向け、突き刺さる多くの視線の中を闊歩し、堂々と店を出ていった。
その振り返ることのない背中が、オーロの脳裏で再生される。

幼い頃の衝撃を忘れられないまま、憧れを抱き続けた心。似ている様で、明白に分かれた歩む道。異なる姿。

「……君は強いな。眩しいよ」


――――バンッ!
扉が勢いよく開かれる音にオーロは顔を上げた。壁に掛けられていた剣が滑り落ちガラクタの山の一部となる。オーロの自室へ無断で入ってきたのは、テゾーロだった。

「どうしたテゾーロ?血相変えて」

余裕のない表情で、肩で息をしながらオーロを睨んでいる。そんなテゾーロを一目だけ見て、オーロはゆっくりと車椅子を回転させ、視線を逸らしていった。ふとテーブル脇で震える子電伝虫が目に入る。海図を見ながら緊急の『計画』を立てていたので、鳴っていることに気がつかなかった。

「すまない、通信に気が――」

ドス、と顔の横を通りすぎた何かが壁に突き刺さる。きらりと映った自らの瞳と目が合った。刀身――先程来客を報せた、あの剣である。緊張の糸が張りつめた。

「なぜ……革命軍の幹部をみすみす逃した?」

ガシリ、とオーロの肩をテゾーロが掴む。

「部下達に手を出すなと指示したらしいな……。小さな騒ぎでは済まないだろうと考え街中を避けたのならば褒めてやろう。しかし乗船場の封鎖もせず、追撃の許可も出さずにいたな?それはなぜだ?」

指先がミシミシと骨を締め上げる。オーロの後頭部をねめつける目が机上の紙へ移った。

「その海図は何だ?言え!」
「…………明日から暫く休みをもらおうと思っていた。個人的に寄りたい場所があるんだ」
「ほう。寄りたい場所、か。――わたしを失脚させる計画を練る為どこかで落ち合うつもりだったか?“革命軍”と」
「!? 俺が、革命軍と手を組んだと思ったのか……?」
「最近のおまえはわたしをイライラさせてばかりだ。今もそうだ――っ」
「ッ!」

ぐいっとオーロの顎が持ち上げられ、眼球はテゾーロの方、真上を向かざるを得なくなる。首がもげそうな程に籠められた力以上に“痛い”、突き刺さる、視線。


「私を見ろ」


「――…………っ」

今のオーロにとって、テゾーロと向き合うことは、熱された鉄板の上に裸足で立たされることの様に我慢ならないことだった。テゾーロの拘束を振り払い、距離を置いて半身だけ振り返る。それを見たテゾーロは、やはりなとでも言いたげな嘲笑をしてみせた。

「何が“友人以上”だ。わたしが“ステラを想うのと同じ”だ」
「っ、あの時のことまで疑うのか?」

オーロの指先が肘掛けを押さえつけ、血の気を引かせていく。どれだけ怒声を浴びることになろうと堪え忍べるオーロだったが、そんな彼にも耐えられないものはある。胸の内を明かした今だからこそ、尚、苦痛に感じることが――。


それは、数少ない真実を、疑われてしまうこと。


「すべてはおまえ次第だオーロ。――……さァ、わたしが納得のいく弁明をしてみせろ」

ショーの行方でも見守る様に両腕を広げてみせるテゾーロ。オーロは睫毛を震わせ、瞼を伏せた。
二人の関係の根幹が揺るがされようとしている。繋ぐ為には、真実のみ伝えなければならない。取り繕った言葉ではたちまち綻びをつくり、猜疑の隙を与え、埋めようのない溝をつくってしまうだろう。――……そう思いはするのだが、“余計なことを述べて話を拗らせたくない”といういつもの回路もまた、同時に巡っていた。
車椅子に背を預けながら、オーロは自らの考えを語りはじめる。

「偵察していた幹部は参謀総長のサボだった。革命軍のナンバー2だ」

テゾーロが唇を閉ざす。

「これだけで分かるはずだ。捕らえた時点で革命軍は大きく動き出そうとする。最悪、全面衝突と成りかねない」

頂上戦争に於ける、白ひげ海賊団の様に。

「捕虜としても意味はないだろう。過去に彼らがそういった交渉に応じた例はないし、却って義憤を煽り立てる結果となり早期に壊滅させられている。殺してしまえばそれこそ奴らを奮い立たせるだけだ」
「……では、攻められるのをただ待てと?“見逃してやる、だから攻め込まないでくれ”と頼んで素直に応じてくれる奴らだったのか?」
「この国が戦場となる事は避けたい」

オーロの体がテゾーロを向く。目線は下げられたままだったが。

「この国内でならテゾーロ、君は無敵だ。誰にも負けることはない。それは革命軍も十分に分かっていた、何の準備もなく攻め落とすことはできないと……それゆえの電伝虫の設置だ。これからも準備段階で計画を潰せばいい。こちらから攻めることがあるとすれば――向こうの本拠地を、見つけた時だ」
「…………」
「その役目もわざわざうちが背負う必要はない。情報さえ掴めれば、あとは流すだけでいい。……今は参謀総長の乗った船をダイスに尾行させている。いずれ連絡があるはずだが……」

先程から鳴り響いている電伝虫をちらと見た。テゾーロからの連絡かと思っていたオーロだが、生き物である本体が疲弊している様を見てようやく通話ボタンを押す。

「――早かったな。何かあったか、…………なんだと?……もういい、すぐに戻れ。……ダイスが見失った。撒かれた、の方が正しそうだがな。――!」

不意にするりとオーロの手がすくい上げられ、指の甲に人肌が触れる。その感触に振り向いたオーロは、思いもよらない光景に瞠目した。


  
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