病室と渇慾6


「前から、訊こうかと思うておったんじゃが……。ホの字、なのか?」

「──────…………殺してやりたいくらいにな」

カクに問われ、答えて。ルッチには分かった≠アとがある。あの男を手に入れて、どうなるというのか。己はどうしたいのか。
ルッチは、ふらふらと揺れて定まらなかった方位磁針がぴたり、と止まるのを感じた。そして理解する。偏屈にして怠惰を極めるかの男に、早く、気持ちを認めさせなければならないと。さもなくば先≠ヨ進めない。たどり着く≠アとができない……────。


『僕は無感動で、誰に対しても無関心だった。中身のない空っぽで、ヒトに生まれながら、なんにも生かせちゃいなかった』

『僕には、僕自身の慾がない。オリジナルと呼べるものが何もない。すべて誰かの便乗、真似事。最低限、人の中に紛れて生きていく術を心得ているだけ』

『それだけ?────君のいう手解きは、それだけ?』


できる。蓋のあいた空っぽの容れ物になにかを入れることなど、容易いのだから。






「────なに!?返事もねェのに何年も送り続けてんのか?!」

アイスバーグの慌てた様子に、ルッチは疑問符を浮かべた。そういえば例の相手とはどうなってる?と尋ねられ、継続している旨を伝えたときのことである。

『手紙を受け取っていることに、まちがいはありませんので』

拒むなら窓を閉めたままにしている筈。ハットリの脚から手紙が毎度なくなることもないだろう、という見解を述べるルッチ。その他アイスバーグからの質問責めにより、約一週間に一度の頻度で送っていること、相手は視力を失っている人物であるなどの詳細を語ることになった。
ストーカーと思われてやしないだろうか……とアイスバーグが心配していることなど、露程も知らない。

「…………い、一度、それとなく確かめてみた方がいいぞルッチ……」
『なにを確かめるんですか?』
「……!ほら!先方が、実は、手紙を読めてねェ可能性だってあるだろ?目が不自由になったからって、かならずしも点字を習得しているとは限らねェからな。な!だから手紙をどうしてるのか、ちゃんと確かめてみろ!」
『……分かりました』


読めないことはないだろうと確信を持ちつつも、ルッチはこれまでの成果を確かめてみることにした。会いに行くのではない。相手が手紙を気にしていた場合、反応を起こしたくなる様な策をとってみるのだ。具体的にいえば、手紙が無いままハットリを飛ばすのである。

────一度、二度。なにも持たないハットリを、二週連続で送った。果たして『先方』からの手紙はやってきた。
思い返せば、これが初めてのまともな返事となる。手紙に触れた指先からすでに達成感すらにじみ出し、ルッチは読む前から昂揚していた。


──珍しいミスをするね。ハトくんの脚には何もなかったよ

ルッチの口元に笑みが浮かぶ。それでも翌週、ふたたび手ぶらのハットリを送った。


──結び方が甘かったんじゃないかい?筒は途中で落ちた様だ

ここでようやく、ルッチは筆を取った。


──ハットリに手紙は預けていない

これを読んだときの顔を拝めないことが、惜しまれる。





もうすこしばかり、揺さぶりをかけてみることにした。ハットリに同時に二通の手紙を託し、スペッキオが一通目を読んだあと返事を書くことがあれば、二通目のメッセージも渡せと指示を出す。

お前は一人の男のことばかり気にかけている。いいかげん、おかしいことを自覚しろ

────いつだって文脈に関係なく、『あの男』にとって、全人類の手前にスパンダムがいた。というより、『あの男』にとっての“その他大勢”ではない人間が少なすぎるのだ。だから身近な人間を差す言葉はすべて一人の男に帰結していた。スパンダムの前では、どんな人間も影を潜めた。今までは。

誰を思い浮かべていた?

これは願いだ。鏡の様な井戸の水面に石をなげ、波紋をつくれたらと念じての。
ただしこの答えとなる結果は、ルッチには知り得ない情報になる筈だった。思い浮かべたのがスパンダムだった場合、スペッキオは「何もおかしいことはない」と手紙をスルーする。願いどおり波紋を生み出せていた場合にしても、スペッキオは怒ってこれまたスルーする。いずれにせよ、答えを見ることは叶わない筈だった。
しかし二通の手紙を送ったあと、思わぬ事態が発生する。なんと、ハットリが一週間近くも帰ってこなかったのだ。当然、スペッキオの仕業である。報復とも取れるその行動こそ、『答え』であると、ルッチは実感していた。


────たしかな手応えは、エニエス・ロビーへ帰還し、スペッキオの部屋にあった箱の中身をあらためることで、確証へと変わった。スペッキオはルッチからの手紙を箱にしまい、大切に保管していたのである。あの何も置こうとしなかった空間の、ど真ん中に、ルッチは鎮座していた。

海賊がエニエス・ロビーに乗り込んでこなければきっと聞けていた。
やわらかな声で紡がれる、ルッチの名を。







──────そうして現在、どこかの病室にて。あのとき取りこぼした心の一端を、ルッチは手にしていた。丸まった紙をひらき、点の並びを目で追う。

「…………────」

ピキリ。手紙をつかむルッチの手の甲に、青筋が立った。

「……舐めやがって」

ベッドを降りたルッチは、窓へと寄った。ビリビリビリと、手紙が細切れにされる。その紙屑たちは窓の外へと放られた。



────人間ごっこ、楽しかったよ=B



手紙の文が、スペッキオの声で、春風の様な表情をともなって再生される。ルッチは腸を熱くさせる一方、頭の冷静な部分が、自らの熱くなる理由を分析しているとも感じていた。
悪魔の実によって宿った獣のさがなのだろうか。

────ひらひらと逃げていくからこそ、追いかけたくなるのかもしれない、と。











真に心を手に入れ、名を呼ばれたなら。その先どうするか。どうしたいのか。
ルッチの答えはこうだ。

──────嬲って、犯して、息の根を止める。

単に殺すだけではない。肉を裂き、骨を砕いて、心の臓の熱を感じながらその血を喰らう。


そうして余すことなく取り込み、自らの一部とする。


────成程。これが愛というものか、とルッチは納得した。実現したときの光景を瞼の裏に描くだけでも笑みがこぼれてくる。胴震いが抑えられなくなる。


一つになりたいと願う感情は、世間ではたしかに病と呼ばれるものなのかもしれないなと、深く肯いた。


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