彼は、泥棒


「おいそこのお前!なに勝手に人ン家の庭に入ってんだ!」

スペッキオがふりかえると、蝶ネクタイをした身なりの良い少年が、こどもの象をリードで引き連れ、おっかない顔をしながらこちらを睨みつけてきていた。一応他に人はいないかとキョロキョロ確認していると、「お前だよお前!」と指をさして詰め寄られる。

「あ!」
「?」
「お前、そのイチジク……もぎ取りやがったな!?」
「これは落ちてたのを拾って……」
「コソ泥かこのッ!」
「!」

ぽか、と頭に衝撃がくると、反射的に指銃──をくり出そうとして、はっと我にかえった。任務以外の殺しは御法度。すんでのところで指先を丸めたものの、そのまま身なりの良い少年の顔を殴ってしまった。

「ホベァ!」
「あ」

放物線を描いてとんでゆくアレは……歯。乳歯だといいのだけれど。なんとなく、尻餅をついたこの少年が例の『息子』さんなんだろうなと推察できたスペッキオは、不味いことをしたなと溜息を吐くしかなかった。

「テ、テメー、殴ったな!?親父にもぶたれたことねェのに!いますぐ誠心誠意謝りやがれ!」
「ごめんなさい」
「素直!?そ……その程度の謝罪で赦すかよ!」
「それじゃあ父達のいる場所へ行きましょう、主官殿の息子さん。罰はあなたの親父殿からいただきます」
「へ……?」

両脇に手をさしこんでひょいと立ち上がらせると、背筋をのばして改めて挨拶をした。

「親父殿の部下──ベイカーの一人息子、スペッキオです。さ、行きましょう」
「お、おい、待て!……っおれに命令すんじゃねェ!」






「ワハハハハハハ!ざまァみろ!そこで飲まず食わず三日間だとよ!」
「………………」

わざわざ薄暗い地下牢までやってきて、すでに言いわたされていた説明を重複するスパンダムに、暇なのかな、と見つめかえすスペッキオ。
食べものも水も与えられずに三日間。食べものはともかく、ひとは通常、三日間も水分を摂らないでいるとひどい脱水症状を起こし、最悪絶命にいたる。これは特別な訓練を受けた人間ならではの軽微な懲らしめ方のひとつだった。殴ってしまったので罰してください──と単刀直入に告げたスペッキオは、事の経緯を話していない。目の前にいる少年の遊び相手、もとい守役として連れてこられた者が守るべき対象に危害をくわえてしまった、そして対象はスペッキオが罰されることを望んでいる、だから懲らしめを受ける。あるのはそれだけ。

「おれの親父は偉いんだ!おれだって将来親父みてェに偉くなる人間なんだ!その顔を殴った罪の重さ、とくと思い知れ!」
「あなたは偉くなりたいんですか?」
「は……?」
「あなた自身の望みで、偉くなりたいんですか?」
「ったり前ェだろ」
「どうして偉くなりたいんですか?」
「ハァ?変なこと訊く奴だな……誰だって偉くなって、富や権力を手に入れてェもんだろうが!」
「僕は思わないので、わかりません」

スパンダムの目は胡散くさいものを見る目つきに変わって、唾まで吐き捨ててみせたのだった。

「偉くなりゃ欲しいモンが手に入る!他人を顎でこき使える!気に入らねェ奴は始末できるし、何したって許されるッ!それが権力≠セ!!」
「────……あなたは、」

外壁の地面とおなじ高さに設けられたちいさな窓、そこから降りそそぐ光だけが頼りの場所で、スペッキオは場違いなほどに、朗らかな笑みを浮かべたのだった。


「光りかがやいているんですね」


────……スパンダムは不気味なものでも見る様に、一瞬身をこわばらせ、わずかに上体を仰け反らせる。スペッキオの反応、雰囲気すべてはまるで、仏の教えでも説かれた信徒の様だ。反発でも同調でもなく、何をどう解釈してその感想にいたるのか、スパンダムにはまるでわからない。

「な……なに言ってんだ、こんな場所に押し込められといて……」
「押し込められたことと、あなたがかがやいて見えること、関係なくないですか?」
「おめェと話してっと気が変になりそうだな!」
「名前──」
「あ?」
「……あなたのことを、なんとお呼びすればいいんでしょうか?」

途端に少年は腕を組み、胸をはって、その名前に特別な効力でもあるかの様に答えるのだった。

「スパンダム様≠セ!」
「うん、すてきな名前ですね。わかりました、スパンダムサマ@l」
「名前はスパンダム≠セ!」
「失礼しました、スパンダム」
「うおぃ!」

スペッキオからのスパンダムへの印象は、ただの身なりの良い少年から、怒ったり、笑ったり、表情豊かな奴だなァという好ましいものへと変わっていく。

「いま、気がついたんですが」
「……なんだァ?」
「スパンダムの鼻、イチジクに似てますね」
「バカにしてんのかテメェ!」

のちにスペッキオの父・ベイカーは、うちの息子がこんなにも他人に興味をもったのははじめてだ!とたいそう嬉しそうにシャンパンをあけていたとか、なんとか。


  
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