「はいはい。一回三百円ね!はい。これ5個、線のところから投げて。3個当たったら五百円の金券が当たるからねー」
小学生ぐらいのやんちゃそうな男の子に小麦粉玉を渡し、線のところまで案内しながら伝える。男の子は小麦粉玉を手に取ると、ステージを横切り始めた鬼に勢いよく投げていく。
それを見ながらカウントしていく。
「わー!おめでとう!4個当たったから、金券五百円です」
手拭きタオルと金券を差し出す。男の子はそれを受け取り、嬉しそうにお母さんのもとへ帰っていった。
ゲーム系は少ないためか、それなりに繁盛していたうちのクラス。おそらく暇つぶし程度にはちょうどよかったのだろう。うちの男子どもは適当に当たったり当たらなかったり、ひょうきんな仕草をして客を煽ったりしながらスタージを横切っていく。
交代時間になったら、英会話クラブの劇を見にいった。残念ながら稲葉は裏方だった。毎年三年生が演技をする決まりらしい。そのため、来年は稲葉も劇に出るのだろう。その際は必ずムービーで録画しようと決めている。アパートの人たちにぜひとも見せたいのだ。
「あ、七海ちゃーん!」
「あ、佐藤さん!」
「来ちゃったよー。いやあ、キラキラしてるねえ!高校の文化祭なんて初めてだよ!」
「いやいや、来てくれて嬉しいです!あ、これパンフレトです。稲葉はまだ英会話クラブの方にいるみたいなんで、それが終わったら会えると思いますよー」
「うんうん。毎朝制服姿も見ているけど、こう、学校の中だともっと良く見えるねえ」
「やっだ、佐藤さん、それ親父発言です!」
「あはははっ」
佐藤さんはいつもと同じスーツ姿だったけれど、試しに声をかけて見たら、行ってみようかなと行ってくれたのだ。他の面々は予定があって無理だったけれど。
「あ、あとで青木とか千晶先生とかいたら教えますね」
「噂の青木先生!楽しみだなあ」
実は、佐藤さんの目的の大半はそこだったりする。あれだけ盛り上がっていたのだ。実物を見て見たいというのも道理だろう。
適当にクラス展示や論文などを楽しみながら学内を巡る。佐藤さんと入ったお化け屋敷は、隣に本物の妖怪がいるのだとおもうととても不思議だった。妖怪でも、驚かされるのは怖いらしく、それなりに楽しんでくれていた。ただ、私は思う。アパートにいる貞子さんの方がずっと怖い。
「いやあ、いいね!青春だね!」
佐藤さんは始終楽しそうだった。うん、連れてきてよかった。
「田中」
「あれ、先生。あ、佐藤さん。こちら千晶先生」
「ああ!君が!噂はよく聞いてますよー。稲葉くんと縁がある人!」
「ちょ、佐藤さん!」
「は?」
きょとんとしているなおくんに苦笑する。
「あーっと、こちら、佐藤さん。同じアパートに住んでる人で、お世話になってる人」
「ああ。なるほど。初めまして。田中さんの担任の千晶直巳です」
「いやー、年甲斐もなく、青春を体験したくて誘われてきちゃったんですよー」
「そうですか」
「夕士くんと七海ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」
まるでお父さんのように頭をさげる佐藤さんに、なんだかこちらがむず痒くなる。
「佐藤さん、なんかお父さんみたいだよ」
「ええ、七海ちゃんみたいな娘だったら、周りに見せたりはできないなあ」
「ああ、そう言えば前にそんな話してましたね」
「ん?どういうことです?」
「ああ、いやね。こっちの話ですよ」
佐藤さんは意味深にそう言った。後ろから他学年の生徒がなおくんを呼ぶ声がする。
「あ、じゃあ、私はこれで」
なおくんは慌ただしく去っていく。相変わらず忙しそうだ。
「いい男だねえ」
「お!わかります?」
「うんうん。わかるよー」
そのあと青木も見かけたが、いつものごとく青木のシンパたちに囲まれていたため遠目で紹介だけした。実物を見れたため佐藤さんは上機嫌だった。稲葉は、学校にいる佐藤さんにとても驚いていたけれど、佐藤さんとお化け屋敷に入ったことなどを伝えると、大笑いしていた。
こうして、今年の文化祭は過ぎて行った。