稲葉がやっている英会話サークルに新入部員が入ったらしい。
その子がまた一癖も二癖もある子らしく、割と短気な稲葉は気に障るようだった。
「ロシア文学にトリュフォーかあ」
一色さんが意味深に笑った。相変わらず、何を考えているのか読めない顔だ。怪しさ満点。
「その子の言い方・・・、なんかコンプレックス臭いねえ」
「あ、や、やっぱそう思うっすか!?」
「もちろん、ロシア文学もトリュフォーもコアなファンがつくよねえ。だから、例えばトリュフォーに心酔してる人の中には、ハリウッド映画なんてクソだ!と言い切る人もいるわけね」
さっきから話題になっているトリュフォーとはフランス映画らしい。英会話サークルが文化祭でやるアニメ映画演劇の演目に候補としてその新入部員が提案したらしい。
「十五でロシア文学はウソ臭いわ」
まり子さんがビールをのみながら鼻で笑った。
私はそのトリュフォーとやらがどんな映画なのかはわからない。そもそも、映画というものをあまり見たことがなかったし、名前を聞いてもへえぐらいの感心である。むしろ、聞いたときは何かのお菓子の名前かと思った。トリュフみたいな。
しかし、ここにいるメンツはみんなそのトリュフォーがどんな映画か知っているらしい。結構マニアックな人が多いよなあ。その中で、稲葉がそれを知っていることが一番の驚きだ。なんていったって、稲葉以外は年齢不詳な人たちだから知っていてもおかしくはないのだ。
「そうだよねー、やっぱりもう少し・・・大人でなきゃあ。トリュフォーの映像はお洒落でスタイリッシュだから、その子のは、ただ単なる憧れにすぎないんじゃないの?背伸びしている感じがするよね」
「さあ、そこだ」
佐藤さんの言葉に一色さんがにやりと笑った。
「重厚な人間ドラマが多いロシア文学。大人の男女の愛を描いたトリュフォーの映画。どっちも格調高くて芸術的で、なんだかとっても難しソー。だから、それが好きだと言うと、なんだかとっても賢ソー・・・って印象を他の人は持つよね」
「他の人がそう思うとわかったうえでそれを選んだ・・・ということスね?自分が好きで選んだんじゃなくて」
稲葉がいったが、一色さんは首を振る。
「思い込んでいるのかも」
「思い込む?」
「その子が本当に文学が好きで好きで、そしてロシア文学にたどり着き、トリュフォーに心酔するほど男女の愛がわかってる・・・とは考えにくい。でも、わざとそう装っている単なるウソつきとも思えない。とすると、その子はそういうメッキで自分を覆っている可能性が高いよね」
「メッキ・・・」
「メッキで自分を覆っている子はねー、そうせざるをえない子が多いんだよねー。何か問題があるかもよ、小夏ちゃんは。扱いに気をつけたほうがいいよ」
一色さんは面白そうに笑った。
私は今の話を振り返って見て、小夏ちゃんのことを考えて見た。
「でも、私もそういうの覚えあるなあ・・・」
「え!?田中が!?」
「メッキとかはわかんないけど、うーん、ちょっと難しいこととかを覚えて披露してみせたいの。ほら、こんなに難しいこと知ってるんだよ!すごいでしょ!私も大人なんだよ!って」
「へえ、なんか意外だな」
「そう?ようはさ、自分を認めてほしいんだよ。私の時は、たった一言が欲しかっただけなんだと思う。本当だな、すごいな。よく勉強したな。ってただ認めてほしい、それだけだったなあ」
「ん?七海ちゃん。それって、いつぐらいの話なの?」
「えーと、私が近所のお兄ちゃんに会ったころだから・・・、5歳ぐらい?」
言った瞬間、全員に爆笑された。
「何気にお前が一番ひでえよ!」
「え、私そんなにひどいこと言った?」
「天然で毒舌か!」
「んん?ええ?でもさ、そう言うことでしょう?子供って覚えた言葉を意味がわかってなくてもすぐ使いたがるじゃん?」
なんで笑われているのかわからずにさらに言い募れば、笑い声は大きくなる一方。
最後には一色さんが盃を掲げながら、
「我らが七海ちゃんに乾杯!」
なんて言い出してしまった。